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2005年1月22日 (土)

0501220・ぼんやりと{ミステリ、データベース:LAMP}

 今週初めの月曜日にMuBlogが、まずまず形を為したこともあり、木曜日には一番神経をつかった仕事のけり(特殊な成績発表)もつき、脳がぼんやりしてしまった。まだぼんやりしてはならないのだが、2月上旬までいっぱいあるのだが、どうにも心も体もいうことをきかなくなった。
 ぼんやりしながら、ソフトウェアとか、ミステリを眺めたり、読んだりしていた。
 つまり、ぼんやりしながら、データベースを設定したり、ミステリの醍醐味を味わう、えもいえぬ黄昏気分を味わっているのである。

 LAMPという流行があるらしい。ソフトウェア、インターネットの世界である。LはLinux、AはApache、MはMySQL、PはPHP。どれもこれも無料のソフトウェアである。
 こうして書いてみておもったが、つくづく、この世界も判じ物、なぞなぞ、無縁者には宇宙人じみてくるなぁと思った。だいたい、どこの業界も学会も(業界と学会とを並記する、するどさが、いま蘇った(笑))、その世界でだけ通じる言葉や雰囲気をもっていて、部外者、門外漢を強烈にはじき飛ばすものである。LAMPがはやりときいて、それぞれの意味を羅列しても、よけいにわからなくなる。(10年ほど前に、アテナウィジットという謎言葉を聞いて、目が点になった)
 私はこの週、木幡でWAMPというのをやっていた。ぼんやりと。WはWindowsである(笑)。これを窓?という人には、以下の話はそれこそタイタン言葉である(造語)。実は、数年前に葛野研でLAMPをやっていた。もうすこしというところで、あろうことかハードディスクをイニシャライズ(消去と同じ)してしまって、がっくりし、止めていた。正確にいうとLAMPじゃなくて、LAPP(ラップか?)。つまりMySQLじゃなくて、PostgreSQLをつかっていた(どうにもならない、宇宙人)。
 年末に近所の大學へ集中講義にいったとき、朝から晩までだったから昼食をそのまた近所の京ファミというところでとった。トンカツをたべて爪楊枝でスーハー(していない。そこまでオジキファッションではない)しながら気分で、同フロアの書店で一冊本を買った。
 はじめてのPHP5プログラミング:基本編(CD-ROM付き;PHP,Apache,MySQL)/豊崎直也.秀和システム、2004.11。2200円
 この図書はよい。おすすめは、むかしわかいころにちょっとパソコンさわったオジキとか、あるいはまだ若い身空だがコンピュータを自分でもちょっと動かしたいと思う学生、新旧卒業生。あるいはおしきせマシンにあきたりなくて、パソコンを造ってみようというひとなら、その気力だけで十分使いこなせる。ああ、例がわるかった。自作マシンの本ではない、自作WebDBの秀作である。秀和システムという出版社は、この業界では「よい本」をだす。
 その本を読んで、書いてあるとおりにすると、なにができる?という愚問には、いまぼんやりしているので答えられない。しかし、私が佳しというのだから、それがもう答えではないか。

 もうひとつ。これはミステリ業界の話。
 二冊、以前からもっている。
 カタコンベ/神山裕右 講談社、2004.6 昨年24歳3ヶ月という最年少で江戸川乱歩賞受賞したひとの作品。
 生首に聞いてみろ/法月綸太郎 角川書店、2004.12 ベテラン作家。2005年版の「このミステリーがすごい」で一位だったらしい。

 ぼんやりしながら、後者の法月さんのを読んでいる、5割今朝読み終わった。なかなかに、じっくり味わえる。
 というよりも、最近は図書を買ってもソフトを入手しても、以前のようにはすぐには食べない。用心深くなった面もあるが、落ち着きが出てきたのかも知れない。古典は40年来枕の下とか机上のどこかにあるのを、ちらちらと眺めながらも時間があるとひょいと読み出す、最後まで。しかし、LAMPとか新本は、一気呵成に飲み尽くすことがなくなった。
 そういえば、牛乳もビールもジュースも、一旦こっぷにいれてから30分後とか小一時間後に、かみしめるようにのむことが多い。おなかこわすのを恐れているふしもあるが、いろんなことで、慌てる気力さえないようなぼんやり度であろうか。ちょうど、車にのってもなかなかキーを回さず、エンジンをかけても、ひとしきり「さて、どこへ行くのだったか」と考え込むような風情である。もちろん行き先は葛野しかないのだが。
 そうそう、法月さんの作品。
 途中だが、よい。
 読み終わったら、数ヶ月後、数年後に書評を書くかも知れない。
 最近、ミステリの書評を書くのがおそろしい。ネタばれ加減がどうにも見当がつかなくなった。夏に京極さんのウブメノナツが映画上映されるようだが、のっけから「じつは、これは……」とかネタばれしそうで、恐ろしい。
 で、法月さんの生首はすでに半分以上読んでいるのに、なにが事件でなにが犯人でどうなっているのかがまだわからない。なのに読み止められない。ものすごく文章が引きつける。磁石。ほんとうに事件とか犯人がいるのかなあと思う前に、文章の論理とか深みだけで読み続けることができる。なのに、ミステリー。

 森博嗣さんのナ・バ・テア(中央公論社)は半年おいたままだが、これは読むのが恐ろしいからにすぎない。どう恐ろしいかは、それはそれで難しいことだから、ちょっとおいておく。いまこの瞬間、神山さんという新人のカタコンベをつい読みたくなったが、これもすでに半年おいたまま。全部三月までには読み終えましょう。ああ、そういえば綾辻さんの分厚い豪華な図書もおいてある。最近は、読む前にあれこれ想像して、それで時が過ぎていくようだ。

 この記事をぼんやりよみかえしてみたが、どうにもぼんやりしたままである。
 さて、再び眠りましょうか。いま、あさの7時。

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コメント

カタコンベ

私は、イタリアの旅では拝見しませんでしたが、フランスの娘の住むブルゴーニュの例の、マグダナのマリアの墓と言われる、教会の地下の彼女のお墓、カタコンベは拝見しました。

キリスト教の初期の風習なんでしょうか。アングラ宗教ですね。迫害があっつたんでしょうね。

ところで、今、光華女子大学英文科卒業の和田裕美さんの本、”こうして私は世界No.2セールス・ウーマンになった”が爆発的に売れてるそうですね。

知り合いのダイアモンド社の人が言うてました。

投稿: jo | 2005年1月22日 (土) 10時42分

joさん (1月 22, 2005 10:42 午前)
 ここ数日来ご無沙汰。
 Joさんの圧巻記事も数点あって、ちゃんとよみましたで。元気でてきたらコメントします。

 カタコンベは未読です。場所も時代もわからないから、マリアさまか東北なのか、わかりません。(いま不意に東北とでたのは、何故か解らない)急に読みたくなりました。

さて。
 生首に聞け、佳境に入ってきました。事件があるのかどうかもわからないと記して、さっき読み出したら、次の頁で事件がありました。やはり、作者の才能ですね。ちょうど49%(感覚的には59%)まで事件も犯人もないのに、ぐっとひきずりこんだままつれてきて、そこではじめて明確な事件発生。つくずく世の中の才能にひれ伏します。

 おそらくJOさんの稼業も、そうなんだとおもう。祇園のうどんやでJOさんの成功例をちょっと漏れ聞くまで、それまでずっと古代史やTowns の博物館CDやで引きずられて、ようよう10年たった一昨年の冬になって、「ほらほき男爵、かく戦えり、戦果以下のとおり」と聞いたんだから。
 それまで、「このJoさん、わけのわからんひとや。どうして、こういうはたらいているか遊んでいるかわからん人が企業でえらいさんをやってられるんかな」と思ってきた。
 梅さんは、Towns とかFM7があったから、まだわからんなりに、わかったふりして20年でしたけど、Joさん、ほんまにそれまでわからんかった。今でもかな。

 そういうのりですな。生首に聞けは。
 Joさんは、Muをわからんままに10年引きずった。法月は、わからんままに、分厚い本の半分までMuを引きずった。
 この世はわからぬことが多いな。

ではまた続きを読みます。

追伸
 葛野の卒業生の英文の人ね、Muは未知ですが、さくねんかな、講演してはりました。葛野にもすごい人がおるんやね。わが直近の卒業生達も、後日そうだったらええのに、とおもうけど、Muが「佳し」としたら、それでも十分。なかなか「よろし」「good」といえる者はいないはずなのに、それでも毎年何人かはそう思える。Muのもとには「佳し」が引き寄せられるのかしらん(笑)。

投稿: Mu→JO | 2005年1月22日 (土) 11時43分

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