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2005年1月19日 (水)

0501190・葛野(かどの)のいわれと日々のこと

 昨夜(18日)の日々のこと。
 所用があって、夕方5時に葛野をでた。車は混んでいたが、河原町御池の京都オークラホテルを通り過ぎた頃、ホテルや近辺がきらきらしく電飾してあった。みとれてハンドルをとられてはならないので、横目でみた。
 夜、といっても夕方6時前にあのあたりを歩くことなどなかったことに気づいた。
 葛野と木幡往復。

 百万遍の大學に着いた。町中の大學だから駐車場環境は劣悪だ。お昼だと手続きをして、構内を這うように走って、数度行きつ戻りつ、片隅にやっと場所を得る。しかし夕方だったせいか、フリーパスだった。
 ひとしきり打ち合わせをして、ほっとしたころ、「葛野はくずの」という話題になった。
 カドノとしか脳になかったので、クズノと聞いたときには冗談に聞こえたが、よく考えると「葛野をカドノ」と読むのが難しそうだ。葛湯はくずゆであって、かどゆ、と聞いてもわからない。

 昔は京都市一帯が葛野だったと、講釈師みてきたような嘘を言ったが、帰路不安になった。
 葛野郡。(かどのぐん、のはずで、くずのぐん、ではなかったはず)
 木幡に帰ってからMuBlog をみるとコメントがあったので、そこでも同じ事を書いてしまった。

 ところで。夕食だが。
 キャンパスの中に瀟洒なレストラン・パブがあって、名前は何度聞いてもわすれるのだが、カンフォーレとかいうらしい。そこで遅くにディナーをとった。と、こんな話を聞けばなにやら似合わない、たいそうなものをたべておるのだな、と思われそうだが、味よし雰囲気良しデザートよし環境よしにもかかわらず、私が学生一ダースに大盤振る舞いをしても「だいじょうぶだよ」といえる、そんなお店のディナーだった。あの旧帝國大學は、レストランで生き延びる、そんな気がした。

 そうだ。
 日々絶息状態というわりには、うろうろしているじゃないの、と言われそうだが、今日も終日絶息にはいる。昨日はちょっとしたエアポケット。
 それにしても、夜間3時間の相談打ち合わせだったが、疲れがなかったし熱もはいった。会議といっても、私は無い知恵を絞り出して論争するのは、好きなようだ。
 ただし、……。旧知の戦友達だったからかもしれない。

 そうだ、そうだ。
 一昨日月曜午後すぎには、同じ葛野の隣の大學へ行って、学生達の3ヶ月の労作9点の順位発表をしてきた。悲喜こもごも。みなみなが、苦労した成果を評価するのだから、発表したあとは虚脱感におそわれた。で、同じ事をわが葛野の女子大でも明日木曜に二件行う。それを終えたら終日横臥して、話しもできない状態になりそうだ。
 日々、息も絶え絶えなり。

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小説木幡記」カテゴリの記事

コメント

葛野をカドノと呼ぶのは不思議ですね。

そこで、交野(かたの)は元々の交野村と磐船村が合併して出来ました。私の自宅の隣村みたいなもんですが。肩野物部氏の本拠地でしたね。私市(キサイチ)の天孫降臨神話の故郷で、天の川の傍です。

この当たりの物部氏は山城の葛野物部氏と同系統の渡来氏族だったんでしょうね。

私の生まれ育った場所にも、カドノという地名が残っています。カドノ、カタノ発音が似ているのが興味深いです。

投稿: jo | 2005年1月19日 (水) 10時54分

joさん (1月 19, 2005 10:54 午前)
 ちょっと葛野をしらべてコメント返ししようとしたら、11時すぎから隣の大学の学生さんが、事情でのべ4名ほどたずねてきて、ひとしきり、就職談義にはまってしまった。
 つい気楽に「知り合いの経営者は、職場は戦場というてますね」と、言ったばっかりに、延々と説明をする羽目になったが。結局、やってみないと分からないと言うところで、落ち着いた。

 社会でそれなりの収入を得るには、たいへんなんだなぁ。と着陸したが、現実にこれまでの、学生時代と会社時代のすりあわせがうまくいかずに、3月の事前研修時期に止めたり、半年、一年後辞めたりする事例も多々あった。

 風雪梅安一家も、まともな(笑)企業組織だったなら、数ヶ月でやめていたかもしれんなぁ、Joさん。梅安さんは今頃ブラックジャックみたいな医者か、あるいはどっかのグランプリに入賞するような映画つくってたかしらん。Joさんは、肉うどんレシピで、お店かな。私は、そうやね、……。自分が見えない。

 ようまあ、梅さんも、Joさんも、おつとめがつづきましたなぁ。よほど、かわった会社やったんや。

 と言うわけで、葛野やキサイチ件は後日にしっかりと記します。

今日昼の貢ぎ物(となり大学、4名から)
 どらやき:大判栗いり、4個
 森永小枝チョコ、1箱
 ミルクティー(北海道産生クリーム使用)、1カップ
下賜
 CD−R、4枚
以上。

投稿: Mu→Jo | 2005年1月19日 (水) 13時13分

 Muさん、おはようございます。

 昔、京都は山背国葛野と呼ばれていたんですねえ。(友人のblogで教えてもらいました。)

 平安京成立には、秦氏が深く関係してたということも初めて知りました。

 それでですねえ。

 秦氏ゆかりの「蚕の社(かいこのやしろ)」には、行かれたことあります?
 Muさんは蜂中だったので(私はナラビ)あのあたりは、庭みたいなもんでしょう?
 そこに、三本足の鳥居「三柱鳥居」があるっていう話を聞きました。
 ご覧になったことあります~?私は「蚕の社」には行ったことがないので、今度行ってみたいと思っています。

投稿: wd | 2005年2月 1日 (火) 09時36分

wdさん (2月 1, 2005 09:36 午前)

1.蜂が丘中学は今でも記憶にありますが、双岡中学がどこにあるのか、さっぱり知りませんので、あとで地図をみておきます。

2.蚕ノ社は中学くらいに、意味なく、入ったことがあります。あまりにご近所なので、爾来うん十年再訪しておりません。

3.ところが、蚕ノ社。大学生ころからずっと、うん十年気にしておりました。あそこはダビデがどうしたキリストがどうのと、東北地方の某所と直結するようなミステリゾーンなようです。

4.実は数日前にも、横を通りまして(外大の行き来にかならず嵐山嵯峨野経由山之内と、無意味に大回りするのです)、あたまの中で「蚕ノ社」とささやく天の声。(マジ、ほんとの話です)

5.これは奇貨(奇禍なら困る)。WDさんがトンデモ話に興味があるとは思ってもおりませんが、なんとかここ近日中に、トンデモな写真を撮って帰ります。そのおりに、たんとコメント下さいませ。
(トンデモ男は入場禁止とでもなっておるかも)

投稿: Mu→WD | 2005年2月 1日 (火) 10時01分

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