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2005年1月 9日 (日)

0501090・NHK義経(1)常磐と清盛

 さっそく平成17(2005)年のNHK大河ドラマ、義経を一時間楽しんだ。
 最初に、気になるので、地図を二つあげておく。チェックするだけで、その場所がどうとかは、まだなにも言えない。
 そして、Muの独自タイトルがおもわせぶりに「常磐と義経」となっていても、なにか魂胆があるわけでもない。
 第一回目、まずまずあっというまに一時間が過ぎた。

  一ノ谷地図(兵庫県神戸市須磨区一ノ谷町):この裏山から義経一党は逆落としをかけたようだ。
  六波羅蜜寺地図(京都市東山区) 参考:補陀洛山・六波羅蜜寺:このあたりに平家がすんでいたらしい。

 最初に一ノ谷があった。海に御座船が一艘浮かんでいた。岸壁の馬上、義経の兜が似合っていた。
 今夜はエピソード紹介という場面が多く、源平争乱時代の復習といえる。
 まだ、だれがどうのといえない初回だった。順調に画面が進んでいき、衣装や言葉使いや男優、女優に見とれていた。
 司馬さんの『義経』を先年末に読んだところなので、多少違和感もあるが、これは昔のことだから(笑)、どちらがどうのとはまだ言えない。

 清盛。渡哲也は好みの男優なので、まだ差し控えておく。京都一の美女常磐を前にして表情が変わっていくのがおもしろかった。
 常磐。よい女優さんを探してきたものだとおもった(単にMuが芸能界に無知なだけですよ)。
 お徳&ナレーター。白石加代子、まだ普通の人に見えて、オーラもでていない。もちろんオーラをださぬのも、この名女優の演技だと思う。確実に。気のよさそうなおばさんのまねしちゃってさぁ、と、後日大笑いするだろう。

 いずれにしても、この新しいドラマ世界どっぷり浸かるにはあと数回のんびりとみるよりしかたない。場所が先回の新撰組と同じく、関西、京都なのでおりおりにでかけることも多くなるなぁ、と見終わって思った。

参考
  大河ドラマ「義経」(NHK)
  六波羅蜜寺(HP)

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小説木幡記」カテゴリの記事

コメント

義経観ましたよ。

渡哲也は宜しいな~~。昔、信長役をやっていませんでしたか?何か、信長とダブってしまいました。

六波羅とは鴨川東、四条から七条までの場所だそうですね。侍が住める場所だったんですね。

私も、暫くはこれからも観てみます。常盤御前が絶世の美女で何で、牛若はブサイクだったんやろ?

けど、今日の赤ちゃんは可愛いのを見つけましたね。

投稿: jo | 2005年1月 9日 (日) 22時51分

私も観ました。
義経(上)を読んでいますので、予備知識が多少あったためか、楽しめました。武士の争いの荒々しいイメージを持っていましたが、優雅な雰囲気でした。常盤役よろしいです。
”Mublogを手引きに「義経」を観る”が今年の最大の娯楽になりそうです。
よろしくお願いします。

投稿: hisaki | 2005年1月 9日 (日) 23時14分

joさん (1月 9, 2005 10:51 午後)
 渡さん、そうやね信長みたことあるような~いろんな役をやってると思います。レディ・ジョーカーの物井清三(ものい せいぞう)役は出色でした。
 清盛役はまだMuには大昔の仲代達也清盛がうろうろしていて、焦点が定まりません。
 六波羅ですが、Muは日頃右目に眺めて通る、西大路八条の館跡が印象に残っていて、六波羅はイメージ出来ませんでした。でも、六波羅は地図でわかるように、京阪五条下車数分ですから、今年は何度かうろうろします。

 義経が美男美女の息子だったことと、容貌問題ですが。要するに、反っ歯のことでしょうね。これは司馬義経では、当時の都人では普通のことで、お公家さん顔のシンボルみたいなものだとありました。
 一般に、女性は美醜に鋭いですから、義経が都落ちの際に25人の愛人を呼び寄せ、結果として靜をはじめ1ダース連れ出したというのが史実なら、もてたわけですね。つまり、女性には好ましい一面があったわけでしょう。どう考えても不細工だったとは思えませんね。
 と、記しながら、男女のことはわかりません、とぽつりとつぶやくMuでありました。ほんま、世間をみていても、なにがなんやらわからないことは、よう見聞きします(笑)。

投稿: Mu→Jo | 2005年1月10日 (月) 05時31分

hisakiさん (1月 9, 2005 11:14 午後)
 荒々しさですが、以前、京都文化博物館の常設展で、保元・平治の乱の頃、都を練り歩く武士集団の人形模型がありました。それを見て戦慄しました。
 槍の先に生首をぶら下げて、臑をだした裸足のままで、郎党たちはほとんど上半身裸。殺気だった、まるで盗賊集団という、すさまじい雰囲気でしたね。
 荒っぽいもので、恐怖感を与える存在だったのでしょうね。平氏はそれを払拭して京風になった(だから、負けた)、そう言うところで、平氏隆盛のころに義経が育ったんだと思います。
 中国の北方民族、モンゴルも含めて、あらっぽい征服王朝が洗練されて中国風になっていく過程と、滅亡とが一致するのが、当時の平氏にも当てはまるような気がします。

「常磐」ですか、はあ、よろしいですね。昨夜視聴者の、全国のオジキの八割は清盛になっておったような気もします(哄笑)。
 歴史、怖いですね。
 義経があっさり死んでいたら、鎌倉幕府がどうなっていたか、ちと、わかりません。
 つまり、頼朝が異様な政治天才だったことは衆目の一致するところですが、軍事天才義経なくしては、寡兵の源氏が幕府を開くまでの道筋は、迷路ですね。
 常磐が鎌倉幕府を興した。と、記すのは邪道でしょうと、自問しながら、うむ。

投稿: Mu→Hisaki | 2005年1月10日 (月) 05時50分

 平清盛・・・仲代達也
私も小さい頃から仲代さんの清盛が強く印象づけられていて、清盛がアチチ死にする場面もはっきり覚えています。まあ、現代版清盛となれば、渡さんになるんでしょうね。

 時子・・・松坂慶子
仲代さんの時の時子は、あまり美しくなかったような・・。昨日は、こんな美しい本妻がいながら「男ってもう~~!」と思いました(笑)。

 常磐・・・稲森いずみ
Muさんの場合、ご自分のイメージにそった方だと、すぐ絶賛されるので、ドラマ通の私は”ちょっとそれは違うでしょう”とヒヤヒヤすることもしばしばでした。でも、昨日の稲森さんはgoodでしたね。いい人見つけてきたなと思いました(笑)。

 六波羅蜜寺・・・一昨年夏、母を連れて行きました。西国~札所になっていて、朱印をもらいました。こんな町中にお寺があるの、と驚いたことを覚えています。

投稿: wd | 2005年1月10日 (月) 06時57分

wdさん、 (1月 10, 2005 06:57 午前)
1.仲代達也清盛
 印象の強さは抜群でした。太い声で「ときこー」と時子さんに呼びかけるのが耳朶にこびりついております。Wdさんの年齢不詳さが、このコメントでくっきり(笑)
 新撰組では栗塚・土方のイメージに最初はとまどいましたが、NHKのはからいでしょうか、歳三の盲目の兄役で、でてました。

2.当時の時子は、たしか? ナカムラタマオさんじゃなかったかな。ずっとお母さん役、おばさん役がこの20年続いたから記憶が上重ねされたんですよ。勝新の奥様じゃなかったかな(芸能界音痴)
 で、女優業も大変。もう、めちゃくちゃにいわれる。松阪さんだって、20年後にはなんといわれることやら。ところで、あの松阪さんって、私が若い頃も若い女優さんでした。わからん、うーん。

3.はて、私が女優についてあれこれもうすのは、一昔前の、宮沢りえと、原田知世くらいじゃなかろうか。新撰組では、優香に言及したが、別に彼女に連絡とったわけでも、逢ったわけでもないのだから、優香が悪女なのか魔女なのか、美人なんか、ようわかりませぬ、よ(笑)。

4.六波羅
 ともかく、お寺が多いですね。そして源平争乱のころの史跡も多いから、ことしこそ健康増進、という意気込みです。
 で、鎌倉は記憶にまったくないので(降りたことはあるはずなんですが)、行ってみたいですね。
 中尊寺は一度行きましたが、行きたいですね。
 NHK大河ドラマはJRと提携してるのでしょうか。ご当地ものとして。割引切符なんか探せばあるようです。

投稿: Mu→Wd | 2005年1月10日 (月) 07時41分

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受信: 2005年12月11日 (日) 22時15分

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