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2004年12月 8日 (水)

日本・文学・SF:モンゴルの残光/豊田有恒

モンゴルの残光/豊田有恒著

モンゴルの残光/豊田有恒
  東京:早川書房∥ハヤカワ ショボウ、1967
  320p ; 18cm
  (日本SFシリーズ;12)
  380円
全国書誌番号 67013257
個人著者標目 豊田、有恒 (1938-) ∥トヨダ、アリツネ
NDC(6) 913.6
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000001102546
By NDL-OPAC Y81-3412

帯情報

「全世界が征服者たる黄色人種と被征服者たる白色人種とに二分された成吉思汗紀元806年。世界は支那本土に築かれた強大な独裁国--元帝国によって支配され、白人は哀れな奴隷と化していた。
 元帝国最大の都市カムバリクには200万の白人奴隷がひしめき、圧制にあえぎつつその日々を送っていた。虐げられ圧迫される白人たちの怒りは、やがて激しい抵抗運動へと昂まり……白人シグルト・ラルセンは歴史を改変すべく航時機《刻駕》を駆って14世紀の元へと飛んだ!
     *
 1966年、処女短編集『火星で最後の……』を世に送りだして以来、SFマガジン、オール読物などに意欲的なSFをあいついで発表。日本SF界の第三の新人中のホープとされている。そのSFレパートリイは広いが、とくに多才なSF作家である--時間旅行のテーマ、歴史テーマを得意として、彼独自のユニークな世界を創りつつある。」
目次情報
第一章 成吉思汗(ヂンギスカン)紀元八〇六年
第二章 成宗鉄木耳汗(テムルカン)
第三章 武宗忽勒汗(クルクカン)
第四章 仁宗普顔篤汗(プヤントクカン)
第五章 順帝妥歓帖睦爾(ダガンチムール)
あとがき

Mu注記

 不穏な発言の出所が鉄木迭児(テムダル)にあることが知れ、その責任が追求され、対決を迫られると、根が臆病な当人は、ぬらりくらりと釈明を避け、皇太后の庇護をいいことに、その斡耳朶(オルド)に逃げ込んでしまう。
 この騒ぎを歓迎したのは、老獪な康里(カンクリ)人脱脱(ツクタ)である。脱脱(ツクタ)は、鉄木迭児(テムダル)の播いた騒動に乗じて仁宗を廃し、也孫鉄木児(エセンテムル)を立てようと考え、準備をかさねていた。
 だが、仁宗は、いちはやく脱脱(ツクタ)の動きを察知し、或る夜、密かに星卜刺(シンボラ)を呼んで命じた。
「聴け、星卜刺(シンボラ)。母后の寵愛を恃(たの)みて、鉄木迭児(テムダル)の貪虐兇穢(どんぎゃくきょうあい)は、甚しいものがある。中外の憤怒は巷市に満ちている。また、左丞相脱脱(ツクタ)は、擁立の功を負(たの)みて、専横の極を尽くしておる。朕、汝に命ず。この両名を斬れ」
「小臣、謹んで旨(し)を受領仕(つかまつ)りまする」
 星卜刺(シンボラ)は、ただちに屯所に還向(げこう)し、手勢をひきつれて宮城へ斬り込んだ。まず左丞相脱脱(ツクタ)の官邸を囲み、ただちに家臣を斬り捨て、寝所に乱入した。(第四章 仁宗普顔篤汗(プヤントクカン)7より)

 『モンゴルの残光』は、Muの蒙古熱を高めた。上記引用の星卜刺(シンボラ)は、実はモンゴルが世界を統一している1960年代の住人シグルト・ラルセンで、白人奴隷だった。しかし、タイムマシンによって、14世紀の大元帝国に逃げ込み、いまや皇帝の若く信篤き顧問である。
 おびただしい漢字列にリズムを味わい当時読みふけっていたのを今夜も思い出していた。仁宗は作品の前半では、アイユルハリバトラと呼ばれる若き貴公子だった。シンボラは当初、歴史を改変し後世を白人世界にするために、モンゴルの王子たちに近づき信をえた。しかし、様々な運命にもてあそばれていく間に、王子達に深い友情を味わっていった。
 そういうSFである。

 しかし、MuがMuBlogの「Mu現代古典」に記す作品は、数少ない。あれだけ読んだSFであっても、あと数点を数えるばかり。その中で、豊田有恒を挙げたのは、気まぐれからではない。1967年(今をさる37年前)に読んで以来、モンゴル、という言葉が出るたびに、真っ先に『モンゴルの残光』を思い出し、異境異次元で歴史を改変しつつもそのことに後悔し続け、ついには老い、帝国最後の戦いに壮烈な死を迎えた元の老将シンボラの姿を思い出すのだった。

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コメント

この作家の、古代史に関する本は2~3読みました。最後の倭王とか卑弥呼とか・・・。

しかし、宇宙戦艦大和が一番有名でしょうね、松本零ジはんのアニメ。多彩な御仁ですね。手塚プロでは多分、梅安さんも関係がおありでは?と思います。

この本は読んでいません、漢字が多くて難しそうやね。

投稿: jo | 2004年12月 9日 (木) 20時13分

joさん (12月 9, 2004 08:13 午後)
 モンゴルの残光をMu現代古典にするにしては、その他はまったく知らないのです。

 最後の倭王、卑弥呼、知らない。崇峻天皇なんとかは読みました。まして、宇宙戦艦大和と豊田さんがどんな関係なのか、無知。

 Muの知識はとても偏っています。
 というのも事実ですが、無意識に排除していますね。要するに、『モンゴルの残光』が絶品だったから、土壌の下に柳はおらん、そういう感覚が強いです。
 作家であっても、生涯に輝く作品は数点です。意外な言い方かも知れませんが、豊田さんという未知の作家、『モンゴルの残光』一冊でよし、です。その想いで40年近く経ってしまった。
 でも、最後の倭王とか、ヒミコとか、なんとなくそんなん聞くと、むずむずしますなぁ。

追伸
 とまあ、そのままの話ではないが、事例をそれなりにもうしますと。
 梅安さんはね、FM-7でもないし、そのほかでもないし、FM-TOWNS(HALタイプ)でよろし。
 Joさんはね、JoBlog で、よろし。
 あとは、本人が罪人だろうが変態だろうが(爆笑)、拝み屋だろうが、そんなこと、どうでもよろし。と、極端にもうすと、そういう世界観なんで、おじゃる。

投稿: Mu→Jo | 2004年12月 9日 (木) 21時22分

まさに先生やね。

生徒の優れた面だけを、見つめて、それを伸ばす。人間はいいかげんなもんやから、悪いところだらけやね。

だけど、何か必ず、光るいい所を持つ。それに、着目する。それを、ほめてあげる。おだてる。

Muさんは、優れた先生やね。

私、blogの生徒やさかい、宜しくお願いします。

そうそう、Wdはんとか、羊はんとか、生徒がいましたね?

投稿: jo | 2004年12月 9日 (木) 21時32分

joさん (12月 9, 2004 09:32 午後)

 Muは「土壌の下に柳はおらん」というけったいな日本語を使ったが、こらは間違いです。
 「柳の下に、どじょうはおらん」だったと思います。

 さて、JOさん、あなたのコメントには答えられません。
 なんちゅうか、「先生と、よばれるほどの、馬鹿じゃなし」という言葉が、頭の中でわんわんと、響き渡っておりまする。

投稿: Mu→Jo | 2004年12月 9日 (木) 21時46分

 ワタシヤ、生徒ではござらん!(年のず~~っと離れた後輩ドス。涙)

投稿: wd | 2004年12月 9日 (木) 22時02分

wdさん、 (12月 9, 2004 10:02 午後)
 JoさんのJoークは理解しようとするとだめです。

 

投稿: Mu→Wd | 2004年12月 9日 (木) 22時55分

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