2004/12/12(日)新撰組:近藤さん良かったなぁ
新撰組局長近藤勇は、今夜のNHKドラマで惜しまれて亡くなった。35歳。
副長、土方歳三は翌年、35歳。
一番隊隊長、沖田総司は近藤の2ヶ月後に、27歳。
二番隊隊長、永倉新八は76歳。剣術師範だったようだ。
三番隊隊長、齋藤一は71歳。警視庁巡査だったようだ。
二番隊伍長、島田魁は72歳。西本願寺の守衛だったようだ。
局長と副長との早すぎた死は惜しむにしても、剣の腕では洛中に名をとどろかせた一番、二番、三番の各隊長が戦を生き延びたのが感慨無量であった。
人生の一時期、自らの意志で命がけの仕事をするのは、よい。大義も自ら得心した上でのこと。
沖田総司をのぞいて、上記三人は、近藤や土方の二倍生きた。
Muには、その余生のあったことが、なお佳いと思った。
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コメント
Muさんの2004年”新撰組”は終わりました。
毎回の感想文は沢山の、読者と感動を共有されたのでは、ないでしょうか。これで、今年のMuさんの観劇される、テレビ番組は無くなりましたね。
来年、正月の”大化の改新”と、新たに始まる”義経”ですね。そういう、意味でも2004年のテレビ番組は終わりましたね。
Muさんの、”私の京都”にこのドラマの感想文のシリーズはリンクされるといいですね。
投稿: jo | 2004年12月12日 (日) 22時13分
jo さん、(12月 12, 2004 10:13 午後)
いまMuDb2004で検索したら、新撰組|新選組、が25件くらい検索できて、そのうち15件ほどは新撰組が中心の記事でした。
たくさん書いたものです。時間をとって後日にテーマとして目次に入れます。
なお、MuBlog本体の方で、新選組→新撰組と後者に統一しましたから、次にMuDb2004を更新した後は、全部「新撰組」でヒットするようになります。
JOさんはMuの日常を透視しているみたいだな。さっきハーブ湯と記されたが、夕方じっくりハーブ湯につかって、夕食は引き出物のビールと、鱈鍋でした。ポン酢たっぷりかけてな。時に皇帝も庶民のふりしないとね。
TVもね。もう年末までみるものない。総集編新撰組は多分観ないとおもう。悲しくてな。笑顔がやがて、今夜のようになっていくのを見るのは痛切に辛い。そういう思いはしたくない。
本文に記さなかったが、沖田総司の終末期の描き方も鬼気迫っていた。上手なTVでした。
……、語り尽くせない。
大化の改新に義経。
紅白歌合戦に、行く年来る年、ええ正月やで。
なんか、ど忘れしている、おもろい映画がTVであったはずなんやけど。
もう、ほんまに終わった気分や。ところが、
明日、恐怖の月曜3駒授業。うーっつ。と、現実にもどされる。
投稿: Mu→Jo | 2004年12月12日 (日) 22時48分
MUさま。
はじめまして。後鳥羽上皇をいろいろ調べていてたどり着きました。ディープなサイトですね。
新選組最終回はわが家も家族でひたりました。近藤勇役の香取慎吾が、この役でものすごく器を広げ実力を示したと感じ入りました。
私も京都のことを自分なりに時々書きつらねています。これからも勉強させていただきます。
投稿: 京見深深 | 2004年12月13日 (月) 00時58分
京見深深さん、 (12月 13, 2004 12:58 午前)
役者は化けるものでしょうが、香取さんは大化けしましたね。
今後とも、京都のことは記していきます。地元に近い伏見や、宇治についても、いろいろ歩き廻りたいです。2005年は、平安朝がMuのテーマになりそうです。
また、よろしく。
投稿: Mu→京見深深 | 2004年12月13日 (月) 01時33分
「潔い」という言葉が忘れられたかのような現代。
最後の武士として、立派に己の筋を通しきった、と思いました。
ヤマナミさんも、己の筋を通して死にました。
死ぬことだけが美しいことだとは思いませんが、時代に迎合する(時代を読むということとは、また別です)人間がうまく生きのびていくのは、今も昔も変わりないのかな、と思いました。
投稿: wd | 2004年12月13日 (月) 06時55分
wdさん、 (12月 13, 2004 06:55 午前)
コメント返しおそくなりました。
これから、また往復30分出張。
その間隙ぬって、ちょっと。
Wdさんの議題は、実生活を営む中では、むつかしいですね。
大事な一生だから、大事にしすぎると臆病になり、潔さがなくなるし。かといって、節目節目に、ひとから何をいわれようと、スジを貫き通さないと、そのあと何年も後悔するし。
潔く行ける人は、資質もありますが、幸せとも思います。
右往左往する実人生は、ときどき自ら内心で「がっくり」しますからね。
Muなどは、好きなことは迎合しない、意趣つきるまでくどくしつこく、完遂させます。場合によっては、潔くみえなくても、それでもそれこそ、潔く、みずからの趣旨に殉じる、ですね。
他のことは、大抵人様や周りの意見に付和雷同、付いていきます。
MuBlogは、Mu流の潔さであることでしょう(笑)
ひつこく、やり続ける。潔く、やめない。
しかし、初心に対して、潔く殉じる。
嗚呼。
投稿: Mu→Wd | 2004年12月13日 (月) 12時21分