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2004年11月12日 (金)

卑弥呼の宮殿

卑弥呼の宮殿(奈良県桜井市大字三輪)マピオンBB地図
  MSN地図

日の巫女(旧称・卑弥呼)宮殿
 長年もやもやとして、思考が定まらずに悩んでいた卑弥呼のことで、今夜は決着を付けておく。
 彼女は、檜原神社西・少し北300mの地に住まわれていた。

 要するに、卑弥呼がどこに暮らしていたかを、自分の中で決めておかないと、何を考えてもふらふらと諸説に身を乗り出して、だまされた想いがして、また別の説に首を突っ込んで、夜も眠られなくなる、これは自分の中に行き先がないのと同じことなのだから、気持ちよく決めてしまえば良かろう。
 真説かどうかは分からない。
 それが事実と、考古学や古代史で決定されるまでは、Muは今夜の決断として卑弥呼の宮殿を彼の地に押さえておく。

 卑弥呼は、箸墓と檜原神社の、少し三輪山より、現在二つに分かれた井寺池のあるあたり、眺望の良いところに宮殿を構えていた。文献上では、日本書紀の崇神紀にしるされ、そして箸墓の被葬者と伝承される倭迹迹日百襲媛命(やまと・ととび・ももそひめのみこと)が魏志に記された卑弥呼である。

 この説の根拠は、いつかまた。落ち着いた頃に。

後から参照
  何故卑弥呼は箸墓に眠るか(JoBlog)

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コメント

せんせ、決断したんですね。

記念にあたしも、blog記事書きました。読んでたもれ。

箸墓伝承は異常である。異常であれば、それに即したお方のお墓でなければ納得出来ないですね。

投稿: jo | 2004年11月13日 (土) 10時17分

JOさん、男子はどっかで旗幟鮮明にしないとな。
 迷うのが客観的態度ちゅうのは、導入時だけに赦される。
 尺度をうちたてないと、論が混乱し、人心を惑わすだけや。

 箸墓は、いまは墓やけど、神武、日の巫女、崇神は、まとめてきっちりお祀りしないと、それこそ祟る。陵ですな。それも、きわめつけの大陵です。

 出発点がほにゃらとしていると、現代も未来もほにゃらとしたままやがて、亡国。

 一本スジを通して、そこからどのくらい外れているかを確認しながら、一生すごせたらよろし。右するも、左するも、それはそのひとの選んだ道。唐かぶれ、韓かぶれ、英国かぶれにオフランスかぶれ、いまはアメリカーナかぶれ。ともかく、わが祖国は、人の庭ばかりほめよる。ちっとは、祖国祖神を思い出せば、しゃっきりするのに。

 古い言い方ですが、自己祖国確認でしょうね。

 と、朝から考えて、すっきりして、Muは午後に仏教国家(笑)へ登庁します。

投稿: Mu | 2004年11月13日 (土) 10時57分

今は考古学、歴史学の学会では認めていないけど、つい最近までは箸墓は4世紀と言われていた。

つい最近の発掘成果(年輪年代法)により、布留0式の土器は100年年代が古くなった。

伝承は正しいと思う、人々が伝え続けて来たものです。誰かが創作しても人々は伝えない。そして、立派な人の伝承は意味が深い。法隆寺に於ける、聖徳太子さまのようにね。

卑弥呼という名はMuさんが言うように、中華思想の魏の国がつけただけだ、”日の巫女”がそのように記述されておかしくない。

日本も”日の巫女”祭日を作らんとあかんね。

投稿: jo | 2004年11月13日 (土) 18時27分

JOさん
 jo国際情勢を勘案するに、あの時代、国をまとめそれなりの大義をもって建国するのは大変だったと想像する。
 現代人は、そういう想像力に欠けている。
 国を食い物にする人たち(一般に、悪い政治家、悪い官僚、悪い政商(笑))の私利私欲とは別に「国建て」するのは並大抵じゃない。

 そういうできあがった国に住む人は、いつか国のあるありがたみを忘れる。
 祖国、祖地、祖神のない人たちが、歴史的にどれほどの苦渋を味わってきたか、みんな知らないようですね。
 現代でも国作りに失敗すると、飢餓、貧困、暴政、民度の低さ、ありとあらゆる災厄に見舞われる。
 
 古代に、なんとかかんとか、乱を鎮め建国し、胸張って外国と交渉するまでに至ったという、崇神天皇の数十年前、日の巫女さん、翻ってその礎を作った神武さんは、立派に建国の顕彰をうけるべきだと思います。

 そういう神話を、自らの能力のなさをカバーするために、都合よく使っての歴代まつりごとの失政は、これは別のことであり、おりおりに批判すればよいと思います。

 あのキリストさんでさえ、歴代宗教家はイエスの名の下に残虐非道なことを、約一千年、世界に災厄をもたらした。どう転んでも、ヨーロッパの数国がよってたかって、世界を勝手に当分し、神の名の下に植民地化するなんて、馬鹿か、と言いたい。しかし、それとキリストさんのいろんな教えは別の面が多い。
 仏陀しかり、孔子さんしかり、アッラーさんしかり。
 顕彰すべきは顕彰し、それをどのように鑑とすべきかを、後生の人はまじめに考えないと、もったいない。

(こうやって、数え上げると、建国と神話とは切っても切り離せない。これは、「人」だからと、いま、痛切に思った。どうにも、神仏なくして、人はまとまらないようだ。宗教は麻薬といったとたんに、そこらの酒飲み好色おっちゃんが、神格化された20世紀。あほ、といいたい。あほの材料は、歴史に山積みされているね。しかし、その漫画チックなキャラ達が、世界を自国をめちゃめちゃするんだから、もう、悲惨だ)

 幹と枝葉はわけないとだめです。

 ……。バーボンに酔いしれて、一筆啓上。

投稿: Mu | 2004年11月13日 (土) 20時03分

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