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2004年10月20日 (水)

うじがみじんじゃのきりはらすい:宇治上神社の桐原水

宇治上神社の桐原水(京都府宇治市宇治山田)MSN地図

宇治上神社・桐原水
 MuBlogの別の記事(宇治上神社)で桐原水のことをMuは気にしていた。その後なにも分からなかったのだが、撮した写真を調べていたら数葉あったので、追加掲載しておく。宇治七名水が昔あって(中世か)、現在はこの宇治上神社境内の桐原水(きりはらすい)だけが、事実上残っているようだ。今度は桐原という言葉がさらに気になったので、少しだけ見てみた。
 平凡社の寺院神社大事典:京都・山城から引用しておく。
「境内は『山城国風土記』逸文にみえる応神天皇の皇子莵道稚郎子が住した離宮桐原日桁(きりはらのひげた)宮の旧跡と伝え、旧社名離宮明神もそれにちなむものという。境内およびその付近には「天降石」または「岩神さん」とよぶ巨石があり、磐境信仰によって創祀(そうし)された神社とも考えられている」

宇治上神社本殿
 この写真の本殿とは奥に見える建物をさし、右側の大きなものは拝殿である。先の引用から考えて、桐原は離宮の名前であり、往時は桐木が数本あった原っぱだったのだろうか?(トンデモない想像でした)。もう一つは、巨石がごろごろしている様に書いてあることだ。Muは実は気が付かなかったのだが、今度行くときは巨石を捜してみようと思った。しかし、石と清水と言えば、古神社であり、それは日本の原型である。そういう意味では、宇治神社上下は、伝承とおりに応神天皇時代と仁徳天皇時代のはざまに栄えた土地だったのかも知れない。と、夢想した。

宇治上神社拝殿
 拝殿である。
 今回は、梅原猛氏の図書『京都発見「一」地霊鎮魂』から、宇治に関する頁を紹介しておくので、神社全体のことに関しては、それを参照していただきたい。
 同書より、宇治に直接関係する章は以下の4つである。
   宇治の怨霊
   宇治の浄土
   宇治の物語
   定朝の浄土・頼通の浄土
 宇治の怨霊には、{莵道稚郎子と宇治神社、藤原忠文と宇治上神社、人麻呂と橋姫神社}の三項目あり、詳細な背景がわかる。また、なぜ莵道(とどう:うじ)なのかについては、兎が応神天皇末子(稚郎子)をこの地に案内したようだ。振り返り振り返り案内したので「見返りの兎」伝承が生まれ、兎は神使になっているとのこと。
 だが巨石信仰、桐原水についての言及は無い。
 
参考サイト
  宇治上神社[MuBlog]
  宇治神社[MuBlog]
  莵道稚郎子[MuBlog]
  桐原水
  宇治上神社[Mu注記:森本行洋氏の作品:写真と解説とが豊富です]

参考図書
  寺院神社大事典:京都・山城/平凡社編.平凡社、1997.2
  京都発見「一」地霊鎮魂/梅原猛.新潮社、1997.6[6刷]

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コメント

 宇治のことは、あまりよく知らないので、この記事も難しかったのですが、「見返り兎」の伝承に興味を持ちました。

 ウサギの道案内って、なんか可愛らしいですね~~。
とすれば、奈良の地への道案内は、鹿がするんでしょうね。
「鹿道」なんて言葉は聞いたことはありませんが・・(笑)。

 でも、ウサギもシカも、神の使いだったというところは、共通していそうですね。

投稿: wd | 2004年10月20日 (水) 08時16分

白兎が道案内ですか? 初めて聴きました。

神武天皇は『八咫烏』という太陽の使者が道案内、これは中国長江流域の舶来思想やね。応神天皇は河内王朝の創始者で韓半島生まれの噂がありますね。

そう考えると、出雲の神話が俄然、浮上する訳ですね。『因幡の白兎神話』です。大国主さんが新羅の国から海部族を騙して渡来した白兎を助けますね。

宇治にはやはり、朝鮮半島からの渡来勢力が国をなしていたんでしょうね。応神さんはやはり、神武天皇からの旧勢力とは(大和豪族)異なる新興勢力でしょうか。

兎と亀の話であれば、稚郎子は『亀』ですね。

投稿: jo | 2004年10月20日 (水) 09時12分

WDさん
 鹿、ウサギ、なんとなく日本的な動物が神さんのお使いなんだとおもうと、ほっとします。
 鹿島の神社なんて、多分鹿道があるにちがいない(笑)

投稿: Mu | 2004年10月20日 (水) 13時04分

JOさん
 話が、宇治の白ウサギ、見返りウサギ、背景にそこまであるんでしょうね。
 いろんなとこで、ワニということばが、この神社関連で目に付きました。

投稿: Mu | 2004年10月20日 (水) 13時08分

そうそう、昨夕、東京MXテレビで『鹿島神社』の番組をやってました。とてつもなく、古い神社である事を初めて知りました、驚愕です。

一度、この『鹿島神社』を訪問しblog記事を書きます、色々と考えさせられる神社であり、国宝の長剣には驚きました。

何故にこんな東夷の端にこんな、大事な神社が古に存在したのか? しかも、祭神があの出雲を倒したタケ雷の命なんやね。

なんでや? 何で、出雲を倒した天孫族の将軍がここに祭られるんや? その後、万葉の時代には多くの防人達がここから西国に向かい船出した。

これは、調査と洞察がひつようやね。

投稿: jo | 2004年10月20日 (水) 13時32分

JOさん
 鹿島のことは以前から、ようわからぬ。
 大和側からすれば、最前線呪術基地なのかなぁ。
 東国からすれば、のど元の匕首(あいくち)かもしれない。

 しかし、広域の神社なんでしょう?
 どこが、だれが、建てたのでしょうね。
 後日、ぜひ調査結果をお知らせ下さい。

投稿: Mu | 2004年10月20日 (水) 15時53分

 私、実際に宇治上神社でウサギ出会いましたよ。茶色のウサギでした。それはもうずいぶん前ですが、お正月が過ぎて少し時期はずれに弟と初詣に行ったんです。そのときウサギがいましたよ。道案内をしてくれるつもりだったかもしれないですね。

投稿: 羊 | 2004年10月20日 (水) 16時23分

羊さん
 まるでおとぎ話ですね。
 しかし、近辺にJOさんがいなくてよかったこと。
 いたら、彼は捕まえて、ははは。

 あのあたりに、野生動物が生息するのは、~。
 多分、現在は無理かも知れませんね。

投稿: Mu | 2004年10月20日 (水) 16時55分

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 数ヶ月前に、4メガピクセルの小さなデジカメを入手した。使い方に慣れず、うろうろしてきたのだが、最近巨大画素カメラの良さがようやくわかってきた。つまり、望遠レン [続きを読む]

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