七万アクセス
今日金曜の夕方に、7万アクセスを越えました。
先回の6万アクセスは9月17日(金)でしたから、ほぼ一ヶ月単位で1万アクセスになるようです。
2004年10月15日(金)
累計アクセス数: 70000 (ドンピシャですね)
1日あたりの平均: 330.19
一万アクセス記事
二万アクセス記事
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五万アクセス記事
六万アクセス記事
ワードランキング
今回からは、一週間単位にしたいので、先週の記録を上げていきます。
対象日: 2004年10月04日(月)~ 2004年10月10日(日)
合計数:1632
順位 検索ワード 件数
1 じぶり 42
2 地図 38
3 ダヴィンチコード 37
4 ウィトルウィウス的人体図 34
5 シオン修道会 24
6 ダビンチコード 24
7 京都 23
8 映画 20
9 水滸伝 19
10 mublog 13
11 ダビンチ 13
12 写真 12
13 北方 12
14 肉うどんレシピ 12
15 ハリウッドハイランド 11
16 ハリウッド&ハイランド 11
17 最後の晩餐 11
18 河村能舞台 11
19 葛野図書倶楽部 11
20 三角縁神獣鏡 10
21 京都の城 9
22 卑弥呼と大和 9
23 山南敬助 9
24 水野正好 9
25 アートスペース上三条 8
26 卑弥呼 8
27 奈良 8
28 石見銀山 8
29 篠田一士 8
30 終戦のローレライ 8
31 折口信夫 7
32 死者の書 7
33 角川 7
34 みたかのもり 6
35 コード 6
36 ダヴィンチ 6
37 チャイナ梅の花 6
38 北方水滸伝 6
39 北方謙三 6
40 川村二郎 6
41 映画化 6
42 美しいサイト 6
単語単位検索ですと、ときどきトンデモなアクセスも混じっています。そうですね、14番の肉うどんレシピ、これはたぶんJOさんのコメントでしょう、内容はとても良いのですが、まさか利用者が肉うどんblogと間違えたわけではないでしょうね?
この週は穏やかな内容でほっとしました。
そうそう、18番の河村能舞台と、19番の葛野図書倶楽部は、わが女子大学の関係学生卒業生が妖しいですね。ただし、18番はお能の世界では著名な舞台ですから、一般の人かもしれません。19は、世界中にこんな倶楽部はここしかない! と言い切れます。
検索フレーズランキング( 3件以上のみ)
対象日: 2004年10月04日(月)~ 2004年10月10日(日)
合計数:480
順位 検索ワード 件数
1 折口信夫 死者の書 6
2 ダヴィンチコード 映画 5
3 ダヴィンチコード 映画化 5
4 ハリウッド ハイランド 5
5 水滸伝 北方 5
6 包丁式 古式四條流 4
7 ダヴィンチコード 最後の晩餐 3
8 ローレライ 映画 3
9 保津川下り 地図 3
10 北方 水滸伝 3
11 古事記 夢占 3
12 宇佐神宮 卑弥呼 亀山 3
13 日妻 太陽神 3
14 角川 ダビンチ 3
フレーズ検索は目的が明確なので、データは少量ですが傾向はよく分かります。
ダヴィンチはしかたないですね。とても多くの読者がいるから、MuBlogの固有性指標にはならないでしょう。5と、10の北方謙三水滸伝は、記録がすでに10あるので、これはMuBlogの特徴と考えています。あと、古代史は有意に特徴的です。
してみると、MuBlogは現代文学、古代史というくくりになりますね。当然でしたかな。
曜日別
対象日: 2004年10月04日(月)~ 2004年10月10日(日)
合計数:2216
曜日 グラフ アクセス数
MON 323
TUE 388
WED 293
THR 246
FRI 280
SAT 344
SUN 342
曜日単位ではよく分かりませんね。木曜がすくないですか。土日が意外にあります。自宅からのアクセスがおおいのでしょう。ただ、日々昼休みがとても多いですから、もしかしたら会社勤めのひともご覧になっているのかも知れません。
だけど、ブラウザにMuBlogなんて痕跡が残ったら、早晩、その人クビになるよ(妖しいblogを見る者は職員として不適切!)
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コメント
7万アクセスおめでとう。
”肉うどんレシピ”嬉しいな~~~。今度は、”鰊そばレシピ”に挑戦しましょう。いやいや、”正統派たこ焼”か”北河内伝統おこのみ焼”かで頑張りましょう。
私のBlogは相変わらず、先週の検索ワードNo1は45件”ゴミ収集車”やからな~~。ホンマ泣けてくる。
これからも、吉本芸風のコメントで頑張ります。
投稿: jo | 2004年10月16日 (土) 07時51分
JOさん
朝からおわらいやね。
JOゴミ収集車45件:Muじぶり42件
私の惨敗やね。
けど{折口信夫、死者の書、6}これは鼻高々じゃ。
これ、結構高度ですぜ。
さて。
ニシン蕎麦レシピは、いただきたいです。記事になさったら、トラックバックをかけます。
ほんまに、朝から、日本を動かす3人の挽歌男の会話としては、ほにゃらとしてますね。
(ふうてんさんがね、珍しく昨夜、榮太郎キンツバのコメントをくれはりました。あの御仁、コメントを入れる技能くらいはリテラシーがあるようやね(笑))
さて。
前から言ってましたが、来年1月下旬に10万アクセス予定ですね。うまいもん、おごってくださいな。
京の、粟田口の、某本店、老舗料亭なんかよろしな。
投稿: Mu | 2004年10月16日 (土) 08時25分
来年1月下旬に10万件か?さすれば、Joblogは5万件やな。
あわせて、15万件アクセス記念と言う事でどないや?そして、忘れてた、フウテン親爺の老人日記は何周年になるんやろ?
niftyの社長と常務をスポンサーに一席設けてもらおう。場所は、隅田川の屋形船でどうや?柳橋の芸者さんを、仰山呼んでどぜう鍋で豪華絢爛の宴はどないや?
ま~~時間があるので、色々と考えるどす。
投稿: jo | 2004年10月16日 (土) 11時12分
JOさん
ふうてんさんのは、2000年四月発車ですから、来年の3月で5年経過したことになるね。ふーっ、ものすごい偉業やな。
スポンサー付きとは考えが及ばなかった。
あの屋形船にのれるんですか。
宿は、虎ノ門の砂場で酔いつぶれるってー、塩梅かな。
ともかく、JOMUで15万件アクセス。瘋癲で5年掲載。
よろしいな。
それにしても、狭量さを自覚した。
自分の10万件だけが頭にあって、申し訳ない。
まあ、蒙はすぐひらかれ、まだまだ、目もすぐに開く。
来年は、楽しみやな。長生きしましょうぞ。
投稿: Mu | 2004年10月16日 (土) 11時20分
7万アクセス、おめでとうございます。
この週末は試験に一喜一憂してました。
試験はなんと「さいたまスーパーアリーナ」という関西だとそうですねぇ…大阪ドームのようなところで行われました(笑)
同期の女の子が同じ会場だったので二人で「これってあんまりだよねぇ」といってましたが。
試験結果の方はとりあえず自己採点結果では多分8割くらいは出来たんじゃないなかぁ、と。
正式な結果は1ヶ月後くらいには出ます。
と自分のことはこのくらいにして。
葛野図書倶楽部が19位ランクインは驚きました。
ちょうど後期も始まり、会報も来たところですし、話題には上りやすかったのかもしれませんね。
諸先輩達を目標に目指せ後輩達よ、葛野図書倶楽部10万アクセス!!
投稿: J-NETTER | 2004年10月17日 (日) 23時36分
J-Netterさん
(1)葛野図書倶楽部
いわれてみて、葛野図書倶楽部2001-HPをみたら、
http://www.koka.ac.jp/taniguti97X/Hp/index.htm
アクセスが15000を越えていました。
こういう内輪のHP形式で、ここまできたんかぁ、とびっくりしました。たしかこの場合、直接各記事を見てもカウントしていないから、blogに換算すると、6万くらいはありそうですね。
(2)試験会場
なんの試験かわからいけど。警部昇進? 中尉昇進? 嫁入資格試験? 部長昇進? ・・・「アリーナ」というと闘技場の訳でしたね、すると、おおローマの戦士!
なんとなく、そこに若者が数万集まって、デスマッチ、格闘技をするような、そんな想像です。
幽幽白書って、そんなんじゃなかったかな。
J-Netterさんは、そういうデスマッチには強いような印象がそこはかとなく漂いますね、コメント行間から(笑)
投稿: Mu | 2004年10月18日 (月) 03時12分
七万アクセスおめでとうございます。
六万アクセスのお祝を言ったばかりのような気がしますのに。
早ですね。これは、スピード違反の疑いがあります。私など2万を超えたとこですのに。まあ、ヒガミはさておき本当に凄いです。心からお祝い申し上げます。
Mublogに接して、とりあえず「日本の歴史」を読んでいます。政治や文化の中心はどうやら九州→飛鳥へん→奈良から城陽・宇治を通って京都ということになると、我が住んでいるところは歴史を抜きにできないような気がします。写真を撮るときもこのことはしっかり頭に入れとカントと思った次第です。今後とも有益なBlogを発していただきたく御願いします。
投稿: hisaki | 2004年10月18日 (月) 19時59分
hisakiさん
ありがとうございます。
実は私の歴史好きは特定領域に傾くのでして、MuBlog に顔をよく出してくれるJOさんの方が広域的で、深いです。
以前、京都から奈良明日香は高速道路がなくて、その頃は木津川にそって車で行き来しておりました。奈良から城陽というのは、歴史の通過ルートだと思います。
天智天皇の頃、額田王が三輪山を愛惜しつつ近江へ旅立つ歌がありましたが、その経路にはそれよりずっと以前から村や古墳がたくさんあったように、幻視しています。
最近古代史記事を載せておりませんが、またそのうちに出したいと思います。
その節はよろしく。
投稿: Mu | 2004年10月18日 (月) 20時40分