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2004年10月31日 (日)

2004/10/31(日):新撰組:藤堂平助の死

 藤堂平助は北辰一刀流。仲のよかった山南さんも北辰一刀流。伊東甲子太郎も北辰一刀流。
 ついでに、竜馬も桂も北辰一刀流。
 創設期新撰組は、近藤局長、土方副長、沖田、井上が同門で、田舎チックな天然理心流。

 藤堂平助の京都油小路(マピオンBB地図)での死は、葛藤場面から死への逃亡ともいえるし、試衛館と伊東門下とのせめぎ合いの決着とも言えるし、要するに引き裂かれた自我の落としどころだったのだろうか。

 これまで大抵にこにこしてきた藤堂さんが、今夜の死闘場面で脂汗を流し、顔をゆがめて、最後に穏やかに死んでいく演技は、メリハリがあって、分かりやすく、優れていると思った。歌舞伎が現代のTVドラマで映える理由の一端があらわれていた。二十三歳ほどだったらしいから、当時も今も若い死だった。

 剣術同門の意味がどれほどのものかは実感できないが、北辰一刀流と天然理心流と対比させたのは、司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」ないし「新撰組血風録」を読んでいて、そこのどこかに書いてあったような気がしたからである。要するに、新撰組は肝心要、大切なことを決めるのは天然理心流で固まる傾向があったから、北辰一刀流は少し距離を置かれ、それが若い藤堂を悩ませたのかも知れない。

 今夜の新撰組も、楽しめた。

 

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コメント

大河ドラマもそろそろ、終局近くなりましたね。

油小路とは京都駅の近くなんですね、知りませんでした。

司馬さんは、新撰組の組織に興味があったそうですね。現在の企業とか国家組織のような、合理性は江戸末期までは存在しない。

しかし、土方の実家の製薬会社は薬の原料の仕入れから、製造、販売と緻密な合理的な組織論が存在したと。土方は組織はどうあるべきかについて、子供の頃からの体験で知っていた。

司馬さんは、そんな事をかなり詳細に分析、論証していましたね。
新選組は土方にありと。

そろそろ、鳥羽伏見の戦いですかね。さびしいね。

投稿: jo | 2004年10月31日 (日) 21時53分

 歌舞伎役者さん、舞台役者さんの演技には、「キメ」と「キレ」がありますね。
 今回の平助くんは、とってもがんばってました。

 それにしても、いつも近藤さんは、遅いですねえ~~。山南さんの時は、いなかったし・・。

 前回も今回も、新撰組の中で時代を読める人間が、誰もいなくなってしまっている「哀れさ」を感じました。
 
 時代を先んじても、龍馬のように殺されるし、時代が読めなくても、滅んでいくし・・、難しい時代でしたね。

 いえ、今もそんな風なところあるかもしれませんが・・。

投稿: wd | 2004年10月31日 (日) 23時52分

JOさん
 コメントもらった時刻にはねておりました。
 今朝は、どうも腹痛がして、正露丸。
 午後またコメントします。

投稿: Mu | 2004年11月 1日 (月) 08時21分

WDさん
 コメントもらった時刻にはねておりました。
 今朝は、どうも腹痛がして、正露丸。
 午後またコメントします。
註:このコメント返しは、先のJOさんあてのコピーペーストです。と、断るのは、もしご存じなかればと思ってです。

投稿: Mu | 2004年11月 1日 (月) 08時24分

JOさん
 ともかく一筆。
 新撰組組織は変わってますね。時代変遷はあるようですが、各組長がすべて副長助勤、副長配下なんですね。すなわち新撰組暴力装置を左右し指揮できるのは副長土方さんです。これは、あながち土方の権力志向ではなくて、局長温存、天皇化が見え隠れします。なかなかの知恵者だったようです。

 鳥羽伏見。たしか井上のげんさんは、おさらばでしたか。胸突きますね。そうだ、御香宮の写真をとってお見せしないと。つまり、戦場のひとつですね。つい、130数年ほど前のことなんですよ。

投稿: Mu | 2004年11月 1日 (月) 14時44分

WDさん
 近藤さんの遅刻や欠席は、こりゃ、ドラマですから勘弁してやってください。のこのこ出てくると、全部近藤さんの直接責任になって、立つ瀬がなくなる。遅刻や欠席ではじめて、近藤さんの善人さが保たれる筋立てでしょうね。
 時代を読める危険性、読めない哀れさ。
 うむ。朝からこのこと、お腹さすりながら考えていました。いえることは、新撰組が山南さんや伊東さんや坂本さん一色なら、近藤さんも土方さんも沖田さんも、単なる猪武者、というか、機動隊の小隊長(もし読者におられたら、ごめん。言葉の綾ですわいな)、ヤクザの若者頭(すまんこってす、これも言葉の綾どすえ)、決して歴史に残らないし、だれも哀惜しないし、墓参りもほとんどないでしょうね。
 これ、歴史の皮肉でしょうね。

 新撰組は、歴史を読み間違えたのか、意地っ張りだったのか。多分、後者だと思います。土方が函館まで行ったのは、それなりの展望があったと信じます。

投稿: Mu | 2004年11月 1日 (月) 14時56分

 こんばんわ。
今読んでいる小説はある大手企業で働く男性の話なのですが、まるで時代小説を読んでいる錯覚がします。派閥争いは権力争いで、会社の存命をかけた他会社との駆け引きは国取り物語で。時代に後れても、早すぎてもいけなくて。策士次第で社運が変わることもありますから、今も昔も変わらないですね。
 多くの男性が歴史小説を好きな理由がよくわかります。きっと勝ち残るヒントがあるんでしょうね。歴史は繰り返されていますから。

投稿: 羊 | 2004年11月 1日 (月) 18時49分

羊さん
 現代企業の戦争は、JOさんの世界ですね。
 大学の生き残りはMuも多少ご縁があるのですが、なんとも、言いようが無くて、すみません(自分のことになると、とたんに無口)。
 人間のすることは、この5千年ほどの有史、あまり変わらないでしょうね。
「奴隷」はいけないことだとは、ほぼ共通の理解に成ってきましたが、世界では、そして日本でも、残忍な戦争や犯罪がまだまだありますね。
 Muもその人類の一員ですが、できれば、生涯かけて、神々や仏様の國に近づきたいです。
 ただ、昔から、神や仏の名にかけて、犯罪的行為がなされてきたのも事実だったと気づくと、いささか呆然。
 正義は常に、他者を裁くという歴史でした。

 とはいうものの、人生万歳です。おもろいこともいっぱいあります。……腹一杯の、笑顔でしょうね。

投稿: Mu | 2004年11月 1日 (月) 20時35分

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