葛野の風情:2004/10/13
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2001年の夏 生まれて以来毎年夏は来る。しかし、この21世紀最初の年の夏は格別なものだった。 事情があって、それまで在籍していた学科から、新しい部署に移っ [続きを読む]
受信: 2004年11月27日 (土) 16時11分
コメント
茶色のレンガ模様はボストンのハーバード大学とかMITを思い起こさせます。チャールズ・リバーのほとりのケンブリッジの風情は落ち着いていて好きです。
愛宕山と言えば、私の虎ノ門の会社の近くに有ります。時折その山のトンネルを抜けて帰宅しています。
え~環境で生活したはりますな~~~。
投稿: jo | 2004年10月13日 (水) 12時38分
JOさん
もうすぐ大好きな、悦楽の、法悦の教授会があるので、手短に。
JOさんは世界中いろんなところを知ってはるんですね。それだけで、以前なら、フビライ汗の側近だったことでしょう。
「愛宕」ですが、おそらくそちらでは、オタギ、でしょうね。こちらは、アタゴ、です。お間違いの内容に。
平安文学では、アタゴオロシ(愛宕降ろし)という言葉があるようで、冬はこの山から寒風が吹き下ろしてきます。
投稿: Mu | 2004年10月13日 (水) 13時18分
え? あたご山やで~~。NHKが最初にテレビ・ラジオの塔を建てて関東に電波をだしたとこ。今も、博物館とかNHKの施設があるよ~~。確か『あたごやま』やで~~~~。
楽しい教授会、居眠りして怖い夢見て、大声ださんようにな。
ほたら
投稿: jo | 2004年10月13日 (水) 15時28分
JOさん
私の誤認かな。
ほな、それでよろし。
しかし、ところで。
眠っていて膝ががくんとするような感覚、あれを会議でやると、どうにも困るだろうね。
私は、とてつもなく、外部情報が脳を傷つけるので、めちゃくちゃ怯えます。
ええとしこいて、困ったことですよ。
投稿: Mu | 2004年10月13日 (水) 17時17分
ま~大学の先生は純粋培養の方々が多いそうやで、膝がガクンと成る事多いやろな~~。
私も、時折空っ風の某国立大学に出かけるけど、民間出身で米国大学をでた、某さんは同じような事、言ってますな~~。
ま~~宜しいではないですか、閉鎖社会も結構、純粋培養も結構、ばい菌だらけの先生も結構、梁山泊です。
投稿: jo | 2004年10月13日 (水) 19時39分
JOさん
ちかごろ私は、よくいままで生きてこられたなぁ、と感心しきりですよ。
身体は弱い。
頭も、ほとんど弱い(部分的に強いとこ数パーセント)。
カッコも悪い。
ものすご神経質。
ものすご現実情報に怯える。
(これは要説明:外部刺激が脳に残存するようですね。未消化なまま脳にイメージの塊としてあるから、結構辛いよぉ)
うん。
生きていられるのは、ものすご保守的というか地べたぺたり志向というか、要するに飛ばない(飛べない)、大地にぴったと寄り添っている。
これは、よろしで。
と、いろいろ想像していたら、とても丈夫におもえてきた(笑)。
まあ、梅JOの相手をそこそこできるんだから、丈夫な、とこもあるんや。
さあ、またBlogがんばろう。
今秋は、カリフォーニアの旅の肝心な、UCLAなんかを掲載します。肝心要のLibraryを掲載せずに、ハリウッドやホテルばっかり掲載しているからね。あははは。
投稿: Mu | 2004年10月13日 (水) 20時02分
懐かしい眺めです。
よくあの小さな窓から噴水や人の行き来を眺めていました。
大学後半の佳き思い出の日々ですね。
そういえば聞くところによると光風館の回転扉は一時期止まっていたようですね。
そろそろ復活したのでしょうか?
投稿: J-NETTER | 2004年10月13日 (水) 22時04分
J-NETTERさん
さすがに、あの変哲もない小窓が気になりましたか。この時間帯は4回生が卒論を書いておりました。昼頃倶楽部の月例会がありました。
ちらっと覗くと椅子机満杯でした。
回転扉のことは、何も知りませんでした。屯所と葛野研の10mを往復するだけの毎日ですから。
愛宕山について補注。
あの山は、実は私の5歳くらいからの「山」でして。葛野童女(これは、かどのわらし、と呼べばさまになるな)達が想像出来ないくらいに、今でも私の聖なる御山です。
あの山をみて20年間過ごし、そして最近12年間も、ずっとあの山を見ています。
単純ですが、毎日「愛宕山は?」と気にかけているのです。
投稿: Mu | 2004年10月14日 (木) 04時04分