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2004年9月16日 (木)

北方謙三『水滸伝』十「濁流の章」

 ここで第二部が終了のようだ。葛野屯所にある書棚には、ここまでの十冊が美装箱に入っている。
 屯所には13巻まであり、現在14巻が店頭にでているようだ。
 予定では、一旦この十で北方水滸伝をしばらくお休みにする。15巻がでて葛野に入った時点で、その5冊分第三部を一気に読もう。
 切れ切れに読むのは性に合わないから、そういう方法を採る。いったんその世界に入ると、馬蹄の響き、鹿肉の刺身、スープの匂い、男装麗人の高い雄叫び(?)、宋の時代の梁山泊が私のまわりに現出し、私はタイムマシンにのって、心身ともに飛んでいってしまう。

(1)若き官軍将軍、呼延灼(こえんしゃく)
 三十代の双鞭(そうべん)といわれる将軍。両の手に鞭をもち、自在にあやつる。
 宋国には伝説の将軍が建国時に二名いた。かれらが東奔西走したことで、建国できた。その呼将軍の子孫である。もう一人は、青蓮寺に暗殺された楊志(ようし)、もと官軍将軍、梁山泊に入り無敵だった男の曾祖父楊将軍である。
 結果的に、呼延灼は梁山泊に入った。
 入るまでの経緯ががこの章のすべてだ。
 呼延灼は一万の地方軍を率い、八千の梁山泊軍と対峙し、一度目は完膚無きまでに撃破した。梁山泊の一方の代表晁蓋(ちょうがい)は武松(ぶしょう)ら数名に守られ死地をぬけたが、ぎりぎりの生還だった。梁山泊上級将校も十名は死亡した。兵の損失二千名。完敗だった。呼延灼の果敢さと、戦術に、梁山泊はじめての大敗北だった。
 それだけ勝利した呼延灼がなぜ、梁山泊に入ったのか。そこが、この章のみどころであろう。

(2)連環馬(れんかんば)と鉤鎌鎗法(こうれんそうほう)
 呼延灼がとった乾坤一擲(けんこんいってき:ここぞというところ)の作戦は、最初に八十発の大砲。
 そして、二度は使えぬ「連環馬」だった。三十頭の装甲した馬を鎖でつなぎ、それを30数組で合計一千頭の馬甲軍、一気に攻め込む。巨大なけものが襲ってくる、その圧力に梁山泊は敗走した。なすすべがなかった。
 しかし。それに対応する策を、もと官軍槍騎兵師範があみ出した。
 鉤鎌鎗法(こうれんそうほう)であった。
 委細は読書のこと(笑)
 このややこしい漢字を見つめていると、その方法論がくっきりとイメージできる。

(3)夢
 よくわかるセリフだったが、しかし、何度も反芻せざるをえぬ身につまされる会話があった。
 最初が、梁山泊総帥晁蓋、次が若き将校史進のものである。

「そして、夢がいつも美しかった」
「いまは?」
「夢に過ぎなかったものが、近づいてきた。すると、どうしようもなく、重たくなってきた。こんなはずではなかったと、しばしば考えるぞ」
「それはいい。確かに、こんなはずではなかったのです。私も、王進先生のもとにいた時は、すべてが美しく見えていましたよ。幻を見ているだけだ、と先生はおっしゃいましたが」
「やはり、そんなはずではなかった、ということだな」
「人が生きることについては、すべてそれが当て嵌まるるのではありませんか?」
「そんな気もするな」

 最近ずっと日曜の夜に新撰組を見ているが、こういう会話をみると、新撰組の若者達も、梁山泊の若者達も、胸に迫るところがある。

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