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2004年9月14日 (火)

北方謙三『水滸伝』九「嵐翠の章」

 この章の帯情報を最初に記す。

「梁山泊の糧(かて)、闇塩の道。万難期して絶たざるべからず。
 豹子頭林冲(ひょうしとう・りんちゅう)、ひとり戦陣を放棄し、処断する宋江(そうこう)、馬謖(ばしょく)を斬る孔明の如し」

(1)林冲(りんちゅう)の処断
 これは難しいところである。まず林冲は絵に描いたような罠にはまり、絶命寸前にいたる。
 罠は青蓮寺の李富(りふ)によって周到に用意され、無敵の英傑林冲であるからこそ、嵌らざるをえぬ仕掛けであった。李富は、林冲が愛を伝えなかった「女」が自殺した前後を一番知っていた男だった。林冲が愛人の死を見たわけではない。
 その李富が鬼になって(愛人の二重スパイ馬桂(ばけい)は何者かに惨殺された)仕掛けたのだから、「心」の動きを知り尽くしたものである。林冲だからこそ嵌る。他の者なら罠に近づきもしない。

 その林冲の処断は三国志を思い出させる。
 北方三国志にあって、馬謖の件は私にとって斬新だった。これまでずっと、馬謖は秀才だが鼻持ちならぬ孔明の部下としか思っていなかった。しかし北方三国志では、馬謖がどれほど孔明の指導にしたがい努力し力をつけ、武人として孔明の後を継げるほどの知将に成長するにいたったか、その経緯が切々と描かれていた。
 しかし、馬謖は、軍紀違反、独断専行に走りついには蜀軍を敗走させる結果をもたらした。馬謖の致命的な判断ミスだった。孔明が泣いて馬謖を斬った意味は痛切にわかる。北方の新しい馬謖造形だった。

 林冲は「女」で戦線を離脱した。

 しかし、その「女」あればこそ林冲が希代の英傑に成長し、無敵の騎馬隊指揮官になったその経緯を宋江は熟知している。
 林冲は肺に矢をうけ、絶命して当然だった。天才医師安道全(あんどうぜん)は、乗れぬ馬に蒼白になってしがみつき、夜を徹して走り、治療する。
 九死に一生を得た。
 しかし、梁山泊にもどれば、軍法が待っていた。

 馬謖と林冲との違いは、表層的には一つ。梁山泊軍は林冲の離脱に気がつかぬ者がいるほど、機能し自律していた。無敵のゆえんである。負けなかった。
 
 しかし、軍律の厳しさは、どこの国でも時代でも、激しい。こういう場合、敵前逃亡、脱走は、歴史的には死罪が一般的である。新撰組ではなにがあってもまず「切腹」だった。
 宋江はどうしたか。
 むつかしい問題だった。

(2)流花寨(りゅうかさい)新たな砦
 北方の塩の闇道が青蓮寺の動きで瀕死の状況になった。そこがこの九章ではよく描かれている。
 しかし壊滅したわけではない。
 梁山泊はそれとは別の問題に直面した。すなわち、梁山泊は、北に双頭山、東に二竜山という連携する砦を持っていたが、南に目を転じれば、東京開封府(とうけい・かいほうふ:宋国首都)との間には、遮るものがない。
 ここに、流花寨を設けることが急務となった。

 このあたりの詳細細部の記述が、一般「戦記もの」とは異なる印象がある。
 地勢からはじまり、どうやって資材を運び、どのように構築し、どう守るのか。
 非常に創造的な箇所であった。

(*)いろいろな視点
 北方水滸伝は、戦争だけではない、個人の異能を余すところなく記す。それは武人にとどまらず、医者、薬師、鍛冶、皮革、文官、スパイ、外交、料理、盗賊、政治家、「女と男」、「友情」、「部下上司」、「金勘定」・・・総合的に人と世界を描く。
 そういうところに、くめどもつきぬ、醍醐味がある。

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