北方謙三『水滸伝』四「道蛇の章」
今回、印象に残ったのは、宋江(そうこう)の江州への旅。
そして、李富(りふ)と馬桂(ばけい)とのからみである。
(1)宋江の旅
宋江は慣れた役人生活を、ある事件でやめざるをえなかった。それは第三巻の人情話の結果である。
役人の仮面をかぶって十年、中国全土の志あるものの目を覚まさせることに費やした。
妾をもったり、多少の賄をうけとることも、仮面の奥を隠すためにはやってきた。
妾は、早く死んだ信頼した間諜の娘だった。娘の母親は馬桂だった。
妾と別の女間諜とが、つまらない誤解で殺し合い、そこに弟の宋清がからんでいた。
宋江は殺人を名目にして、潮時とばかりに町をでた。供は、かつて虎を素手で殺した武松だった。
宋江は、「替天行道:たいてんぎょうどう:天を替えて道を行く」の旗をたてた梁山泊には、あえて入らず、全国の実情を肌で知るために危険な旅にでた。梁山泊にはすでに盟友晁蓋(ちょうがい)がいて、盤石の備えを整えだしていた。
先々で宋江は、鬱積した力をもてあましたまま方向を見いだせない男達とであう。彼らもいつか梁山泊に入るのだろうか。
(2)李富と馬桂
馬桂は、娘が宋江に殺されたと聞き、宋江を恨む。志に女は不要という、こころなき言葉を李富の奸計により信じ込まされたからである。
馬桂を落とすために、李富は時間をかけて宋江の従者を洗脳し、馬桂に「宋江が娘を無惨に殺したのは真実の話」と信じ込ませる。そして馬桂をかこう。
と、書けば単に色仕掛けで年増女を自由にする、と単純な図式になってしまうが、そこに北方水滸伝のすごみがある。
洗脳、宣伝工作謀略レベルのことは、青蓮寺(北宋のCIA)の優秀なエージェントである李富にとって日常のことであった。しかし、真に敵方を崩すには、人一人を完璧に二重スパイに仕上げなければならない。
そのためには、李富自らも馬桂という女に落ちなければならない。
馬桂と李富は相思相愛になる。
そして、馬桂は綿密なプログラムにしたがって、梁山泊の主力、元禁軍将校楊志(ようし)暗殺のために、李富のもとを去る。
李富の上司、青蓮寺総帥袁明(えんめい)は一部始終をじっと見守る。袁明にとっても部下李富の正念場とわかっていた。
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