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2004年9月28日 (火)

2004/09/28(火):ユリシーズ発見

 今日は一日MuBlogを休んでいた。授業もないので日長休暇をとってまどろんでいた。
 午前三時頃に眼がさめて、五時頃に朝食をとって、また午前中眠っていた。
 昨日の、3つの授業がこたえたようだ。
 いま午後10時頃。

 さて、MuBlogの記事ネタを読もうとしたら、ユリシーズ全3巻が別部屋の書架の奥底から湧いて出た。集英社の1996年版だ。訳者は昔と同じ(これは調べないとわからない)の、丸谷才一、氷川玲二、高松雄一共訳だ。これを再読しようしようと思ってから、もう8年も経ってしまっていた。ついこの間、大枚はたいて買ったばかりとおもっていたのに、いつのまにか所をかえて隠れてしまっていた。

 この一年間、ユリシーズ、あんなもの読む奴はいないはずだから、貸すはずもない、売った記憶もない。どこへ逃げた、と探し回っていたのだが、ついに「Mu現代古典」に合わせるように、ようやく昨日姿を現してきた。不思議。

 しかし。風呂にもはいって、いましげしげと三冊を眺めていたのだが、たとえ翻訳でも、これを一気呵成によむのはおおごとだ、と頭を抱えた。最初読んだのは20歳だったが、それでも記憶には十日間くらい朝から晩まで読みひたり、やっとこさ、スティーブン・ディーダラスの世界から抜け出たという、そんな思い出がある。

 こりゃ、冬休みにしようとおもったが、ハリーポッタの前作も今回作も未読だし、……。
 まあ、いつか再読してわがMu現代古典には必ずいれるつもりだ。
 
 さっき、最後の章「ペネロペイア」をちょっと覗いてみたら、昔のまんま記憶のまんまに「おお、Yes」が連発されていた。ついでに解説をちらと覗くと、YesはNoのニュアンスもあると瞥見できたが、私はこのYesをペネロペイアの幾分セクシーな意味でもなく、また現地ニュアンスでもなく、まったき全肯定、この世、世界、生へのYesと、これまでも、いまでも思っている。

 確かに、桶谷さん(評論家)がどっかで言ったように、ユリシーズは袋小路文学かもしれないが、20歳の時受けた印象は、読了後たしかに「よっしゃ、Yes、僕も生きたい」と思ったのは確かなんだ。だから、私はユリシーズを宝物に思ってきた。初版は、青地に白抜き文字だったと覚えている。白地に青抜き文字かな、とも思ったがどちらでも良かろう。そういうデザインを当時どこかで真似たくらい、入れ込んでいた。
 文学形式の総てがある、と思っていた。いまでもそうかもしれない。
 (そうなんだ、総てがあるから、袋小路なのかもしれないが)

 さて、本当にいつ読もう。
 もう一度読んでおくべきだと思って、また眼前の書棚に収めた。
 ユリシーズ、ULYSSES/James Joyce、おそらく20世紀最大の世界文学。
 のめり込めた青年時代に乾杯。

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コメント

その本は『とても難しい本』のようですね。
丸谷才一はんが訳す位やから、相当、手ごわい相手のようですね。

あたしゃ、Muはんの解説で我慢させて頂きます。

原本も難しいのに、訳本となるともっと難しいやろね。

投稿: jo | 2004年9月29日 (水) 15時54分

JOさん
 なにをもって難しいというのかで難しいのか難しくないのか別れ目やね。
 私なんか、人によれば相当に気むずかしい、相手にしにくい、付き合いたくない人間にみられていることも、正確な情報として得てきたけど、一方、JOさんや梅さんは私のことをトンデモ人間として、長年おもしろおかしく、とっても大事にしてくれてきたわな(大笑)

 ユリシーズは、今をさる38年前の記憶では(覚えているんやから相当に印象が強いようですな)、河出書房の世界文学全集翻訳だったと記憶にあるんだけどな、

1.おもろい
2.ありとあらゆる文章文体で、その奇妙きてれつさに、大笑いしながら読んだ
3.意味や意義やストーリーを求めようとすると数ページで挫折するだろうな
4.ともかく、意味不明のお経や、祝詞とかんがえて、読むと言うよりは、ありがたくいただく感じでかみしめていくと、えもいえぬ、他では絶対に味わえない深い深い、リズムのなかの味わいをえるね
5.ああ、人類は、こんなにぎょうさん言葉をつくりだしたんやぁ、という感動ですね

・・・
 いま、この歳で再読したらどうなるかわからんが。
 けど、記事にあげたペネロペイアを覗いただけで、数ページ「う、う、うふふふ」と、のめりこんでいたから、たぶん40年近くたったいまも、上記5つくらいの感想はかわらないとおもうね。

 それがどうして、難しい。
 深い意味を全部わかろうとするから、挫折する。
 そんなん、ケルトやアイルランドやキリストさえとどかぬような深ヨーロッパのことを全部わかろうとするから、挫折する。
 きっぱり、我また三輪山にありき、という覚悟をもって接するなら、おお、異境の文明よ、文学よ、としらぬまに涙を流すでしょうよ。

 ああ。いつ、よもう。
 とりかかると、最低一週間。
 すべての授業、会議、宴会、ぜんぶ「さいなら」しないと、無理だね。

じゃね、遠い後日に、Mu現代古典にいれまするぅ。

投稿: Mu | 2004年9月29日 (水) 17時32分

なる程

その様に解説されると、何故、丸谷才一さんなのか? 少し判るような気がします。

西洋の『お経』、『祝詞』、なんやね。とすると、眠くなりまんな~~。それとも、何とも言えん音楽の世界に存在する気持ちになるんやろな。

38年前なんてほぼ、半世紀前の話やな~~、よう覚えておられますね。私なんぞは、夜には昼飯は何を喰ったか、忘れる位ボケております。

ま~、生きてる間に書評頼むどす。

投稿: jo | 2004年9月29日 (水) 18時02分

JOさん
 なんとのう、投げたふんいきやね。
 よろし、ジョイスはわての専売にしときます。

 そらねぇ、法悦の境地になりますよ。
 言葉、これは恐ろしい力をもっておりまする。
ではね

投稿: Mu | 2004年9月29日 (水) 18時27分

NEPOJA 2006年2月20日 午前 08時48

 自己参照TBばかりで、めったに他人さまからトラックバックはいただかないのですが、ときどきNEPOJAさんのような、海外に住まいする未知の方から、TBやコメントいただきます。
 ありがとう。

 ボヘミアンラプソデー、いま聞いております(笑)
 それにしても、拝見いたしましたが、ユリシーズ的な御記事ですね(檄笑)

 今後ともよろしく。 

投稿: Mu→NEPOJA | 2006年2月20日 (月) 11時59分

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