2004/09/23(木):姦臣と佞臣
朝から小難しいことを考えているようないないような。
暇人なのだろうか。しかし今日は旗日、秋分の日。
水滸伝:虚構のなかの史実/宮崎市定、中公文庫 み/22/10、1993
この「第5章 姦臣蔡京」はおもしろい章だが、それは、かくまで恥も外聞もなく「悪」だった宰相がいたという事実に抱腹絶倒、人間の深さや怖さを充分に味わった、そんな蔡京(さいけい)に出くわしたからだった。北宋を滅ぼしたのは、姦臣・蔡京と、宮崎先生は明言してらっしゃる。蔡京はあの時代に八十まで生きたというのだから、それだけで化け物じみてくる。
もちろん北方水滸伝(現在読了は十巻まで)での蔡京は、まだそこまでには至っていない。北宋CIA青蓮寺の長官袁明(えんめい)でさえも時々は心から従わざるをえない「優れた」一面を持つ宰相として描かれている。
さて。蔡京は、姦臣(かんしん)ではあるが、佞臣(ねいしん)ではないと宮崎先生は記す。
姦臣蔡京、佞臣王フ[フなる漢字がでてこない。中国関係はむつかしい]とペアで出てくる。
この、蔡京と王フは30歳程度の開きがあり、前者は硬派、後者は軟派だったらしい。
史上まれにみる文化人にして超軟派天子徽宗(きそう)の愛人側近、新進の王フは、次のようだったらしい(笑)。
「王フは科挙及第の進士 [Mu注:超秀才]であり」 「彼が徽宗に気に入られたのは、むしろその佞臣的な体臭によってであった。彼は生まれつき色白く、白粉をぬらないでも化粧した婦人のように見え、風姿もしなやかで、物言いまでが女性的であった。髪や髭がブロンドであるのはよいが、目の瞳まで金色であったという。当時の人はこれを縁起の悪い出来損ない--人妖だと称したが、徽宗にはことのほか気に入られた。」
これを現代日本映画にするならば、役者に事欠かない。
ただ一点。金色の瞳。これが、なんともこそばゆくなる。実は教え子に一人いた。
今朝のところは、姦臣硬派、佞臣軟派という、言葉の正確な意味をしっかり分かったところで筆を置く。それがどうした、の問題ではない。これまで半世紀、私は区別が出来ていなかったようだ。
新明解国語辞典がそばにないのが残念。あれは読書用に葛野研究室においてある。
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コメント
奸臣(姦臣)・・・主君に対し、内実は悪事をたくらむ。腹黒い家来。
倭臣・・・・・・・心では主君を軽蔑しながら、ご機嫌をとって丸め込み、自分の利益を図る悪い家来。
姦(奸)・・・・女が私情のために公正を犯す、ひいて、よこしま、みだらの意味となる。
倭・・・・・・・ゆだね従う、従順。私の記憶では小さい意味。
以上、国語辞典と漢和辞典をひきました。私も暇だね~~。
昔中国人は中華の文明の果てる国を蔑み、東夷の国から来た日本人を倭人と呼びました。小さくて、従順な人をさすそうです。他の説では、自分の事を聴かれ”わ”(わし、われ、の古語)と言うので
倭人という言葉が出来たという説も有ります。
うむ~~
投稿: jo | 2004年9月23日 (木) 09時28分
JOさん
いま、延々と朝の勤行中なので、手短に。
姦臣(かんしん)
佞臣(ねいしん)
この区別をね、宮崎さんはしっかり書いておられる。
たしかに、女+女+女、と女が3人もおれば、男+男+男の、風雪梅安一家も太刀打ちできないけどぉ。
あくまで、「姦臣とは硬派」、と書いてはるね。硬派とは、この場合、謀略的政治を、悪の論理にしたがって、維持する立場なんだろうね。
他方、佞臣(ねいしん)とは、まあここでは記せないほど、明言してはります。我が国なら、もしも森蘭丸が生きて政治的に成長し、かつ陰謀要素が強ければ、これこそ希代の佞臣なんでしょうね。
要するに、男性の色気で男性を籠絡する政治志向の強い者を、佞臣というようだな。(ちょと、まった? 女帝における佞臣とは、どうなるのか。うう、勤行がとぎれそうになる)
傾城(けいせい)はその逆だね。傾城「女」も、色仕掛けで帝王を籠絡するだけで終わらずに、大抵政治志向がある。一族親族縁者をあっというまに高位高官につけるんだから。
ともかく。
中国史には、この世の人類の、あらゆるタイプがありそう。しかもどぎつく。極端というか、激しい。それが、じつに朦朧とした老いの身には刺激になりもうす。あははは。
投稿: Mu | 2004年9月23日 (木) 10時14分
せんせ
本当はそういう激しい政治と陰謀と色香の世界が好きなんと違う?
ま~~あたしゃ、そういう世界はもうよろしいです。私の名前の由来が
”傾城”の城(せい)やからな~~。城二(せいじ)誰も読んでくれんかったどす。ジョージで結局小学生から社会人迄、通しました。米国時代も ”George Tsutsui"と名刺には書いていました。
この記事を梅安さんは読んで、きっと白川さんの”字統”か何かを調べてると思うな~~。暇人やさかい。
嗚呼、先程、飛行場で”花火”が強風に煽られ、墜落した。機首部が曲がり、タンクははずれ、電池は飛び散り・・・オホホ・・。
日吉の駅から自転車でグライダーを飛ばしに来ている、親父がいました。30分以上はかかるやろな~~、暇や親父もいるんやね。
投稿: jo | 2004年9月23日 (木) 11時46分
JOさん
よろしい休日のようですね。
いまJoBlogから帰ってきたとこですが、
ようねてまてしてね。
そうそう。
宮崎市定のセンセ、次は、魯智深(ろちしん:大男の坊主で、中国全土、人を求めて放浪)と林冲(りんちゅう:梁山泊無敵の騎馬将校、と言うより準主人公)です。はたして、こないな人物、ないしモデルが北宋におったんでしょうか。
中国はなんでもありの歴史だから、いるような気がします。
詳細は後日に。
投稿: Mu | 2004年9月23日 (木) 18時12分
Muはんはこのところ、水滸伝に没入やね。
魯智深という人物は、私の記憶では弁慶みたいな入道で、鉄棒をブンブン振り回して、敵をなぎ倒す武将ではないですか。
昔は、水滸伝は子供達にも馴染みの物語でしたが、最近は三国志に押されていますね。
中国を理解しようとすれば、この水滸伝は重要なんでしょうな?
日本は南宋とばかり付き合っていましたから、北宋は馴染みが薄いですね。
雄大なユーラシア大陸の中華文明を学ぶ事は、今の日本人には必要やね。商売ばかりで、上海とか大連とか北京とか行き来してるが、民衆の心の底にある歴史の心を勉強しないとね?
投稿: jo | 2004年9月23日 (木) 19時29分
JOさん
三国志、水滸伝。
前者は小学校4年くらいに、夜汽車の中で読んでおりました。秋風哀しき五丈原、とかいったタイトル章が記憶にあります。
後者は、それ以前に、ラジオ京都かNHKラジオで、聞いていましたね。「百八人の豪傑:水滸伝より」
今のところ、北方謙三・三国志、水滸伝ですね。
ではお休みなさいませ。
(いままで起きていたのは、昨日午後の午睡をとりすぎましたんで)
投稿: Mu | 2004年9月24日 (金) 01時22分
MuBlogに遊びに来ている人間の脳裏には、読んでいる・読んでいないにかかわらず「水滸伝」の三文字が、焼き付いていることと思います。
最初「梁山泊(りょうざんぱく)」って読みもわからなかった人間が、Joさんの実例のコメントで、なんとなくイメージがつかめるようになり、最近では「なんか、おもしろそ~~!」とまで、思うようになってきました。
どこかの球団みたいに、4番バッターばかり集めて、一つのチームを作るのではなく、いろんな才能を持った人間を集めて、組織化していくなんて、おもしろい話ですよね。(こんな解釈では、ダメでした?)
その時にいつも感じ入ったのは、人を集める人間も、集まる人間も「志」を持っている、ということです。
「金」のためでもなく、己の「欲」のためでもなく、「志」によって、人が集まってくるというところですね。
家に吉川英治の「三国志」ならあるんですけど(私は未読)、いつか読んでみようかな~~、なんて思いました。
投稿: wd | 2004年9月24日 (金) 11時44分
WDさん、おひさしぶりです。
いま、故原田勝先生関連の記事を9割(まだMu注記がない)掲載したところです。
http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/09/post_11.html
三国志も水滸伝も、ぜひ、今生読まれることをお奨めします。特に三国志は、最近も学生達、卒業生たち、女性の読者がふえていることを実感しています。
若い女性が読む、その理由は、よくわかりません。
「志」これは水滸伝(北方版)でもよくでてきます。そうして、志なんか考えたこともない不良たちが、やがて各々の志を心に描いていくところが、とてもよいです。そこには指導者宋江(そうこう)の人柄、影響もあります。
いま掲載した記事(原田)は、研究会の産物なんですが、研究会も水滸伝や三国志的な感覚があります。
いまは、それぞれに功成り名をとげておられる研究者達ですが(笑:なんか刺されそうな筆致ですなぁ)、海の物とも山の物ともわからないテーマに専念汗水たらして、ああでもないこうでもないと、話し合っているときは、今からおもうと水滸伝でしたね。
ご承知と思いますが(以前コメントもいただきました)、原田勝先生は、この6月末に急逝されました。
やはり、戦死であると深奥では感じております。
水滸伝風に申すなら、梁山泊にかかった原田勝の札は裏返しにされて、赤札となったわけです。
以上
投稿: Mu | 2004年9月24日 (金) 12時15分