« 2004年7月 | トップページ | 2004年9月 »

2004年8月31日 (火)

美しいサイト:森博嗣出版年表

 森博嗣さんのこのインターネット目録を最初に見た年は、2002年ころだと記憶しています。
 それから、おりにふれてこの目録を考え込んできたのです。

 森さんのデザインは、どんな場合にもとても洗練され、目をひくものです。
 だから、美しいサイトという私の決めたルールに、合致するものです。

 メジャーな方なので、わたしがここで紹介するのは、いささかおかしい(まのぬけた)ことでもあるでしょう。
 しかし、この「目録」は、単に見栄えがよいという、そういうレベルだけで見過ごされるのが残念なので、あ・え・て紹介しました。

 ここでは、図書一冊一冊を自律的物(対象:オブジェクト)としてとらえ、それをビジュアライズされています。可視化したことで、図書の実態が仮想的にであれ、補足しやすくなります。それを時系列に並べたことで、作家史がひと目で分かります。図書館のカード目録(今でもあります)や、使いにくいOPACで検索することに比べれば、どれほど「目録」というものの目的が明確になったか、はかり知れません。
 
 図書をオブジェクトとして整理された一番分かりやすい点は、各図書イメージをクリックすることでわかります。書誌情報と、そこに作家のコメントまで含まれています。一冊一冊の図書を丁寧にあつかう、優れた目録であることがわかります。

 私は、目録とは、一つの知識体系(伝統的に、図書一冊の内容と想定してください)を圧縮し、抽象化した記録だと考えています。それは、AとBという二つの知識体系を最小限の情報で区別できる内容が基本です。
 目録は本体の身代わりです。しかし、森さんのような整理をすることで、身代わりが符丁ではなくなり、自律性を持った「物」になったと、考えているのです。

紹介サイト
   浮遊工作室(ミステリィ製作部)森博嗣出版年表

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年8月30日 (月)

とうじ:東寺

教王護国寺 東寺(京都市南区九条町)マピオンBB地図

東寺:南大門 提灯
 写真は八月三十日の朝撮ったのですが、とおりがけのものだから、未踏地といってもよいです。しかしいつも眺めている風景です。
 日本の宗教には、そういうところが多いです。別に教条を理解したり、髪振り乱して信仰するわけではないのですが、通りすがりに、「ああ、ありがたいところだ」と、思ってしまう。そういうありがたいところでは、むやみな狼藉もはたらかないし(唾を吐いたり、その他もろもろ)、心の闇(憎悪とか悪意とか、負の精神構図)も解き放たない方がよい、と自然に思ってしまう。

東寺:五重塔 全景
 国宝です。京都のシンボルでしょう。55(57ともあるので、これは先端部まで含めるのだろうか?)メートルもあって、国内最高の塔と記してあります。もともとは、空海さんが826年頃に作り出し、890年前後に完成したようです。なんどか火災にあって、現在のは徳川時代の再建。寛永二十一年(寛永に21年はないような? とすると▲縁神獣鏡と同じ世界?)とありますから、1644年でしょうか。ともかく、圧倒されます。

続きを読む "とうじ:東寺"

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2004年8月29日 (日)

金魚と住む

 グリとグラ

グリとグラ:白銀と赤金
 金魚と一緒に住んでいる。名前は、最初にきた白銀をグリ、あとにきた赤金をグラという。白銀グリはおとなしい。
 金魚は、金魚注意報とかいうとても変わったアニメをみて飼いたいと思っていた。金魚が学校の教室の、生徒の頭上にふわふわ浮かんでいるのだ。一度見たら、忘れられない。
 金魚の縁と言えば、メルや手紙に必ず「金魚でGO2」とサインする人がいる。これも、とても変わった人だとかねがね思っている。なぜ、金魚がGo2! なのか、まったく不可解。しかし、内容がおもしろいのと、当人もとてもおもしろい。
 グリとグラとがきてから、なんとなくマタリン翁がおかしい。貴族だから水槽に手を入れるなどという不作法は絶対にしないが、グリ&グラの話題を話していると、必ずこそこそと影にかくれて、じっとりと見ている。
 金魚の脳は小さいから、餌にしか反応しない。まれに、かっこつけて、横泳ぎとか、背びれや足びれを優雅にぱたつかせる。
 思うに、またりん翁は100%人語を解している。(だから、翁の前ではマタリンの悪口は決して言わないようにしている)

赤金・でっかい金魚
 赤金グラは、あとできたのに横暴なところがあって、どんどん太っていく。そのうちに鯛やヒラメになったら、この水槽でおとなしいグリと同居させるのはかわいそうだ。ところで、ヒラメのような大きなピラニアがいるそうだが、そういうなのと同居している人の気持ちはわかりにくい。私など、赤金グラでさえ、「乱暴ものめ」と思っているくらいなのだから。

ぱくぱく金魚
 それにしても、いつもパクパク口を開けたり閉めたりしている。グリとグラのまん丸の目には何が映っているのだろう。パクパクしているのは、何かを見つけてそうしているわけでもなさそうだ。不思議な金魚世界でした。

参考サイト  金魚鉢思い出(JOBlog)

| | コメント (8) | トラックバック (2)

2004年8月28日 (土)

てらだや:寺田屋

伏見・寺田屋(京都市伏見区南浜町)マピオンBB地図(広域)、MSN地図(詳細

寺田屋:旅籠(はたご)
 今朝土曜の朝にふと思い立って寺田屋の前に車を止めました。丁度8時ころだったので、人も車もほとんどなかったです。最近は、前を通り過ぎるたびに、たくさんの老若男女に押し返されます。やはり、NHK-TVのご当地ものの力は大きいですね。例年なら、人だかりは祝休日程度ではなかったかと思います。

 この寺田屋は昔からあります(笑)。つまり私が伏見の地をうろうろしだした40年以前から、印象に残っています。丁度、司馬遼太郎さんの竜馬がゆくとか、NHKの大河ドラマで北大路欣也さんが竜馬をやっていたころだからでしょう。

 今から20年ほど前に、知り合いが遠方の友達と一緒に宿泊したことも覚えております。その後、一旦廃業したようにも記憶しております。建物の維持保管も大変だったろうし、当時の行政も寺田屋の存続にはあまり興味がなかったような記憶もあります。
 いま、記事を調べると史跡であり、旅籠(はたご)としても機能しているようです。よかったです。
 寺田屋保存会という会もあるようなので、いろいろご苦労があるのだと思います。

 さて、明日日曜は「寺田屋騒動(事件)」がNHK新撰組であるようです。薩摩関係の悲劇ですね。
 竜馬が襲撃されるのは、もう少し秋になってからでしょうか。
 こうして、幕末の数年をTVに合わせて1月から12月までの現代歴に短縮して考えるのも、不思議な気がします。

 12月は、さて近藤局長斬首なのか、それとも土方副長が五稜郭で戦死なのか、NHK関係の記事を読めばすぐにわかることでしょうが、それはミステリの世界では「ネタばれ」といって、大逆的犯罪行為なので、やめておきます。

(私は、ときどき、ぼけて「ネタばれ」を会話中にしてしまう癖があります。そこら中で、ぼこぼこにドツカレますが、すぐにまた「ところで、森博嗣さんのFじゃがね、あれは、あはは」とか、「京極さんのオンモラケのことじゃが、あれはね」とやってしまう)

寺田屋:正面
 私の腕が悪いのか、それともカメラが悪いのか、少し傾いて見えますね。実際はどうなんでしょう。やはり、家屋として年月が経っていることも原因なのでしょう(笑)
寺田屋:側面
 いろいろなサイトを見ますと、先の正面とこの側面写真とは、どこにでもあります。記事を掲載するだんになって気がついたのですが。しかし、これは私が2004年8月28(土)の午前8時頃に写した物ですから、世界中の寺田屋サイト掲載写真のうち、まだ、最新ではないでしょうか(夕方5時頃の話)。じっくりごらんくださいませ。

続きを読む "てらだや:寺田屋"

| | コメント (12) | トラックバック (3)

辨慶うどん

辨慶うどん(京都市右京区西京極東大丸町)MSN地図

 このまえエドルンなる者と話していると、
「とうちゃん(?)、江戸では今、讃岐うどんがおおはやりでね。神田とか御茶ノ水界隈では、列をなしているよ」
「そうかい。江戸にも漸く、食文化が浸透してきたのかえ。とうちゃんはなぁ、江戸のあの真っ黒クロスケの蕎麦がたべられなくてねぇ」
「最近は、そばつゆも、濃い口と薄口と、聞いてくれるから」
「讃岐うどんといえば、知り合いのmorioさんはね、自転車で列をなして讃岐にいって、ほれ、ツアーというてな、一日に何軒もうどん屋をはしごするそうだよ」
「ふぅん? でもね、猿楽町には、めちゃ美味しい蕎麦があってね」
「……、うどんの話じゃなかったのかえ。ああ、いつぞや、とうちゃんもそこに入って、おろし蕎麦を頼んだら、やってなくてね」
「はぁ?」
「とうちゃん、おろし蕎麦に目がなくてねぇ。結局、ごねたら、おろしを皿にいれてだしてくれたよ。江戸にも、あいそのよい人がおるんやな」

 辨慶(店舗)うどんは昔、週に2回ほど昼に通い、しばらくお休みし、最近はときどき顔を出す。それ以前は、五条大橋東の屋台で、深夜「辨慶うどん」を食べたこともある。その、肉とピリ辛が商品名「辨慶うどん」である。
 ところが私は生まれついての蕎麦好きで(生まれが福井で、例の今庄そばを幼少時食したせいかもしれない)、うどん命の辨慶に入って、うどんはまれにしかたべない。9.5(蕎麦):0.5(うどん)、である。

 これは内心忸怩たるものがあり、時々自責にかられて顔をださなくなる。
 しかし、最近漸く気が付いたのだが、うどんとそばの「ダイガワリ」はよく聞くが、なんとメニューには「中華麺」もよろしいと、記してあった。が、さすがにまだ注文したことはない。

 この中華麺は、嵯峨野高校に通っていた頃、親友の塚某とよく校内食堂で「天ぷら、中華麺そば」を食べた。実に美味しくて、いまでも思い出す。これには、すこし事情もあって、秀才の塚某は必ず天ぷらを丸ごと残す。
 「なんで、天ぷら、食べへんのや?」
 「身体に悪い」
 「ほな、なんで天ぷらにするんや、塚ボン?」(関西ではよく、坊をボンと発音し、省略名に後接させる)
 「ダシが天ぷらで引き立つからなんや」

 というわけで、今でも「そうや、嵯峨野高校の当時の食堂、ソバというと中華麺やったな。天ぷら中華麺そば、うまかったなぁ」となる。
 飲み物は、りんごジュースと呼んでいたしろものだった。これも、うまかった。

 ところで、塚某は、その後京都大学法学部をストレートで入り、卒業し、三菱某に入社した。今、どうしているのだろう。

 ああ、辨慶うどんのことでした。やはり、鰹節のダシが素晴らしくきいている。私は、恥ずかしながら、ずびずびとどんぶり鉢を空にしてしまう(蕎麦とうどんは、好きな店ではそうする。ラーメンは、家訓によりスープは三口まで)。

参考サイト
  辨慶(京都・五条大橋) 屋台
  京都・ウォーカプラス(辨慶うどん:店舗
  

| | コメント (18) | トラックバック (1)

2004年8月27日 (金)

北方謙三『水滸伝』二「替天の章」

 今朝2004年八月二十七金曜日の午前六時過ぎに水滸伝(2)を読了。

 この巻の主人公は? となると大勢の登場人物なので、決めにくいが、林冲(りんちゅう)と思った。林冲は豹子頭(ひょうしとう)ともアダナされる。要するに、槍を使うと天下無双。もと禁軍の槍師範(槍術教頭)である。15名が一挙に攻撃してきても、すべて倒す、というのだから痛快な豪傑だ。

 しかし、北方(きたかた)水滸伝の豪傑は、大抵過去を持っている。彼の場合は、愛していなかった、世間をごまかすために美しい女と世帯を持った、と、そう思いこんでいた女が、彼が罠にはまったときなぶり殺しにされ、初めて好きだったことを自覚した。宋江(そうこう)との友誼をまもるために、自白せず、それが女を見殺しにしたという自責がある。林冲が捕縛されたのは第一巻で、捕縛した裏には、青蓮寺(宋帝国CIA)がかんでいたこともこの二巻でわかる。

 その林冲が梁山湖にうかぶ山寨に潜り込み、数千の兵を養う王倫との駆け引きを通して、見事に晁蓋(ちょうがい)達、外の仲間を引き入れる。
 そして、晁蓋はここを「梁山泊」と宣言する。

 すでに、さまざまな異能集団がそこここに現れている。医者、料理人、薬草、計算、軍師、諜報、大工、……。その異能集団の異能ぶりが痛快である。医師安道全(あんどうぜん)は、林冲と地下牢を脱獄した雪道の中で、仲間の盲腸炎を見事に手術する。コンピュータのような男や、料理人朱貴(しゅき)の魚スープで作った料理のうまさ。

 北方三国志で印象深かった呉の致死軍(忍者部隊)が、宋の時代に作られる。その調練の描写、指導者公孫勝(こうそんしょう)のニヒルな態度の陰に見え隠れする過去。一巻に一度は必ずある唖然とした濡れ場。
 まことに、北方水滸伝は、巻措くあたはずの世界である。

 これを昨日昼に半分、残り半分の七割を昨夜、そして今朝四時前に起き、六時には最後まで読んだ。
 その合間をぬって、責務の論文を書いていた。
 実に、仕事がはかどったので、ここに記録する。
 私は、小難しい仕事をするときは、読書の合間にすると効率があがるようである。

 さて、では次の仕事にとりかかろう。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2004年8月26日 (木)

サーバー停止のお知らせ

 以下のサーバーが数日間停止いたします。

1.テキストと情報学
2.dbDB
*.なお、MuBlogへの記事掲載もお休みします。

 事情:葛野研究室、大改修のため。
 復旧:8月30(月)を予定しております。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004年8月25日 (水)

情報図書館学・プログラミング言語:情報処理++/原田勝、谷口敏夫

By WebcatPlus
情報処理++:パソコンによるデータベースの構築と利用/原田勝、谷口敏夫 共著

情報処理++/原田勝、谷口敏夫

  東京 : コロナ社、1991.6
   v、225p ; 26cm
  ISBN: 4339022926
  著者標目:原田、勝(1944-2004) 〔ハラダ、マサル〕 ; 谷口、敏夫(1946-) 〔タニグチ、トシオ〕
  分類:NDC8:007.64, NDC7:418.6, NDLC:M159
  件名:BSH:電子計算機 -- プログラミング(L)

続きを読む "情報図書館学・プログラミング言語:情報処理++/原田勝、谷口敏夫"

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2004年8月23日 (月)

美しいサイト:オオサカハリアナツウシン

 私の中で「ついに、もう知らぬ振りはできない」と今朝思って、第四番目の「美しいサイト」を掲載します。
 実は、というか知り合いなのです。知り合いサイトを「美しいサイト」だなんていうのは、気恥ずかしいではないですか。
 しかし、オオサカハリアナツウシン、こういうなのは、めったに見られません。

 このmorio氏は、blogを数カ所にわけて公開しています。どれもこれもセンスがあって、上品なものです。カンサイジーンに対して、下劣愚劣な印象を、たとえば関東の戎たちがもしもっているなら、顔洗って出直さねばならないでしょう。彼の人品、そうですね、ああ、NHK新撰組の山南敬介さんにそっくりですね。
 人品卑しからずから生まれるblogもまた、「美しいサイト」に選んでよしの、それだけの品格を持っています。たとえばflowerを紹介した際の定義趣旨や、SlowFlyコメントで定義した項目は、このオオサカハリアナツウシンにすべて該当します。
 こういうサイトを身近に見られることを、僥倖と味わう朝でありました。

 「美しいサイト」としての紹介が遅れたのは、知り合いだったからにすぎません。
 私が現在、好んでいる写真は金閣寺シリーズの2枚目、妖しい雲のわきたちです。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2004年8月22日 (日)

2004年8月22(日)雨:山南敬助の死

 今夜は雨になった。
 さっき、NHK新撰組で山南敬助総長が切腹し、はてた。

 夕方新撰組をみようと思って新聞テレビ欄を確かめると、オリンピックで、いつもの8時ではなく午後すぐの時間に放映が移されていた。残念に思った。8時頃には居眠りしていた。
 ところが、呼ぶ声があり、起きてみると始まっているとのことだった。テレビ欄が間違っていたようだ。

 45分間があっという間にすぎた。試衛館以来の仲間の死だから、みる方の私もつらかった。
 33歳だったらしい。

 史実は様々だろうが、それはそれ。本人がどう思い、近藤や土方や沖田がどう感じていたかは、わからない。
 その重層した記録や聞き取りや、全体印象のなかから、脚本は45分間という一つの場面を作った。
 それは、よくできた解釈だったし、出演者もみな好演だった。
 いまのNHK新撰組関係者は、今夜、歴史の一瞬を再現してくれたと思っている。
 山南33歳。
 若かったんだと思う。

参考サイト
  新撰組歴史館

| | コメント (8) | トラックバック (1)

北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」

 北方水滸伝をこの夏よみだした。昨日その一を一日で読み終えた。集英社の出版である。
 現状では十四巻まであるが、いつ終了するのかまでは調べていない。やがて、終わるだろう。それまで楽しみである。

 ただ、あまりに私の性情に合いすぎて、一種の中毒になるので、一週間に一冊程度にしておくつもりだ。先年、北方三国志全巻に読みひたって、日常の責務をおろそかにした覚えがある。

 今回も、梁山泊、水の城塞とくれば、そして北方「男達の挽歌」とくれば、中毒を越えて本当に病臥する危険性もある。

 あらすじや、登場人物については、サイトを観ていると、随分この世界も整理された面があり、私がとやかく記す必要もないと思った。となると、記事はこれで終了となりそうだが、もう少し北方謙三さんに対する読者としての、スタンスを記しておく。

続きを読む "北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」"

| | コメント (3) | トラックバック (5)

2004年8月21日 (土)

五万アクセス

 夕方に、5万アクセスを越えました。この八月は、上旬に一週間ほど書けなくなり、難渋した夏でした。
 まだ夏は終わりませんが、2004年の暑い最中に、3月から始めて、5万ものアクセスが訪れたことを、嬉しく思います。

  2004年08月21日(土)
  累計アクセス数: 50006
  1日あたりの平均: 318.51

  一万アクセス記事。
  二万アクセス記事。
  三万アクセス記事。
  四万アクセス記事。

続きを読む "五万アクセス"

| | コメント (10) | トラックバック (1)

The Lord of the Rings : the Return of the King

ロード オブ・ザ リング 王の帰還
  コレクターズ・エディション
  発売:日本ヘラルド映画株式会社
  販売:株式会社ポニーキャニオン

 DVDには201分と記してあるから、3時間20分の長尺映画だが、あっというまに見終わった。
 原作は「指輪物語/トールキン、JRR」で1954年らしい。
 このDVDは2004年発売のようだ。

 ロードオブザリングは、これで都合3編みたので、終わりなのだろう。
 感想は。
 こういう映画は今後も制作がむつかしいと思った。人もお金もかかったろうし、なによりも結果が素晴らしい。3編とも、DVDから目を離せなかった。

続きを読む "The Lord of the Rings : the Return of the King"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年8月20日 (金)

2004年8月20(金)曇:昆虫ロボットヘリの話

 昨日の新聞に、セイコーエプソン社の新型「マイクロ・フライング・ロボット(μFR-Ⅱ)」が発表されていた。
 虫みたいに小さなラジコン電動飛行機で、電池込みで12.3グラムしかなく、掌にのる大きさなのに、カメラを搭載し無線で画像を送信し、本体はコンピュータで自動制御されていて、空中に停止することができるらしい。

 さっそくネットで記事を捜したら、セイコーエプソン(株)のHPから見つけることができた。
 実は昨年に原型が発表されていたらしい。
 ところが、今回のは、コードレス(完全に無線制御)で、その上に、自律飛行をするらしい。この「自律」というのがロボットの神髄であろう。コード無しで、一人歩き(一人飛び)するようだ。

 セイコーエプソン社の記事には概要と写真もあった。月末に東京国際フォーラムでショーをするらしい。
 こういう飛行ロボットの目的は、狭くて危険な箇所(原子力施設など)の観察調査などがあげられていた。

 先般、SlowFlyというHPで、ちっこい飛行機をみていたので、ふとその記事にコメントしてくれた梅翁のマイクロワールドを思い出し、記録した。

 この今回の記事内容はラジコン飛行機のカテゴリだけではなく、明確にロボットを指している。
 ロボットが随分身近になってきたようだ。
 昆虫みたいなスパイロボットと、私は直ぐに妄想がわいた。

参考サイト
 セイコーエプソン社のμFR-Ⅱ
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年8月19日 (木)

げんじものがたりミュージアム:源氏物語ミュージアム

宇治市源氏物語ミュージアム(京都府宇治市宇治)マピオンBB地図

 なんどか行ったのだから写真くらいは掲載すべきとおもうが、近所の油断、いつもカメラ無しだった。
 参考サイトには、館内や建物の写真もあるので、参照されたい。

 場所は、始めていったときは迷った。当時(平成10年)の新聞で「開館」のニュースを読んで、数ヶ月後に地図も見ないで訪ねたのだが、案の定うろうろした。いま、地図で見るとやはり少し外れた場所だ。
 宇治上神社の近くと思えば分かりやすい。

続きを読む "げんじものがたりミュージアム:源氏物語ミュージアム"

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2004年8月18日 (水)

HD:PowerMacintosh7300/166の死

 今日は朝に葛野記を記して以来、仕事どころか、どこのblogもHPも見るいとまなく、忙殺された。
 問題は、dbDBという名称で発行していたデータベースサイトが壊れたことである。
 正確には格納ハードディスク(HD)がクラッシュした。
 再起は不能である。

導入話
 マシンはマックの7300/166といって半古典的(人によっては博物館)なもので、数年前に太郎某氏が吹田帝國大學へ戻るおりに、赤貧洗うがごとき私にゆずってくれたしろものである。それまでは8100/80AVとか、8600/200を使っていたが、前者は低速いちじるしくなり、後者は電源のパンクで駄目になった。

 マック・マシンの長き変遷の代々、FUJITSU LIMITED MODEL M2954SYU DATE1996-11というハードディスクだけはしぶとく生き残り、くだんのデータベースだけが転々と居所を変えてきた。

 この数日来、キンキンと高い音がし、おかしいと思っていた矢先、今朝8時ころアクセスしたとたんフリーズした。

 もとよりHDがクラッシュしたとは思わず(あの頑強極まりなきF社故)、あれこれやって、Winでよくあるいつもの接続不良かと思い、太古の8100/80AVに接続変えしてみたが、ついに生還あたはず。
 おお、と天を仰いだ。
 さっそくに、バックアップを主サーバーG3-450の増設HD(たしかシーゲート社)に、そこら中を捜してみたが、結局20世紀末のバックアップデータしかなかった次第。
 ここで冷や汗。そして、慚愧、悔恨、涙、滂沱滂沱

 神は厳しいというか、あるいはマックも捨て置きに耐えかねて手ひどい暴動をおこしたというか、ほんとに、「安定性」「手がかからぬ」に油断すると、とーんでもない事態に直面するものである。

後始末:ハードウェア
 いま、熟考しておる。
 新マックは高額である。
 ともかく数日内に、過去データを過去形式で発信せねばならぬ。
 あのdbDBはいささか事情もあり半公式データベースなのだから。
 次に、dbDBを古代マシンのままにすておいたこの数年を強く反省する。

 で、メル専用iMacと、数年来ぷすりとも言わず働き続けるG3-450の二台で、なんとか半年こなし、来年こそは新マシンを設定する。それが、dbDBへの手向けなり。

後始末:データ
 実質約一ヶ月分のデータが失われた。数年でそれだから、いかに手を入れていないかの証左。
 そういうわけで、今夏、山積み責務などすっとぶほどのショックを今朝うけたことの記録。

 なれど、私は4台のマシンに分散してサイトを運営していて、この利得もあった。
 マック2台、win2台である。
 被害はdbDBで終わった。
 その他にメル用iMacと、開発Winマシンとがあるが、ものごと「分散」というのも悪くはない。
 しかもそれは、系ごと変えないと駄目だ。
 Win全部がウィルス攻撃をうけても、なおMacは暫くしぶとく生き残るであろう。
 繊細なMacがハード的によろよろになっても、なお頑強なWinマシンはしばらく生き残るであろう。

 今日の「データベースdbDB、一挙に破壊ショック」は末代まで伝えよう。
 なにごとも、気を抜くといけない。
 気を抜くのは眠っているときと、風呂と、食事中だけ。
 あと「気を抜く時間」「ぼんやり時間」のあいだはよい。

おち
 blogのデータも気を抜かないようにしよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年8月17日 (火)

美しいサイト:R/C Air Plane photo Gallery

 三番目の美しいサイトもHPで、そのうえSlowFlyと同じく電動飛行機である。
 このサイトは以前、痴友JO-Blogさんに教えてもらった。
 (JOさんもラジコン飛行機マニアだが、彼の見せてくれる写真は墜落・大破、あるいは無理矢理投げ飛ばす、素人には無理節に見えてしまう)

 私は、この電動飛行機サイトのうち、水上飛行機の離水姿が忘れられない。言葉で言い尽くせない感動であった。
 電動飛行機だから、おそらく非常に静かに水を離れていくのだろう。
 最初に引用するFlyBabyの写真六葉のうち、右側の真ん中では、フロートが航跡を残している。また、下部の左右二枚はおもわず拍手をしたくなるではないか。「よくやった!」と、FlyBabyに声をかけたくなる。離水の後ろ姿には、ほのかな色気すら味わった。

 次の画面としては、「水上機がテイクオフ」がよい。これは理屈、解説付きである。如何にして、水上機は飛んだか、である。

 そしてホームページにもどると、あっさりした画面構成で、みるべき項目がそれぞれ分類してある。

 まずなによりも飛行機写真が美しい。次に、画面構成にけれんがない。単純、簡潔にして要点を表現している。これは「美しいサイト」といって、よいだろう。

続きを読む "美しいサイト:R/C Air Plane photo Gallery"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2004年8月16日 (月)

2004年8月16(月)曇:木幡研の掃除2二日目

 朝から掃除していた、木幡研の小さな六畳間。
 昨日は2004P黒マシンを設定するのに終夜に及んだ。インターネットはつながらない、液晶は文字がにじんで写真なんか見られたもんじゃなかった。ため息をつくような一日だった。
 30年近く前に、PETというパソコンにふれて以来、軽く30台以上、種類にすると2ダースほどの(全部概数である。正確に計算するともっとなるが、しんどいので)、マシンにさわってきたにしては、たかが自作のATマシンを無事木幡で動かすだけにしては、手が落ちたとしか言いようがない。

 今朝も約2時間は、修理して午前10時には全システム完了、最難関のDBMS 設定もなんとかこうとか動きだした。

 で、掃除をして夕刻になったわけだが。
 ちょうど30%を完了した。昨日も設定しながら掃除していたので、ほとほと疲れ切った。
 風呂に入ろうとおもったら、MuBlog を思い出し、木幡記を書き出すにいたった。
 現在2004年8月16日、17:30ころである。

続きを読む "2004年8月16(月)曇:木幡研の掃除2二日目"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2004年8月15日 (日)

2004年8月15(日)晴:終戦記念日の朝

 昨夜は遅くまで読書していて、今朝起きたのは8時過ぎだった。
 珍しい。
 昨日は盆の土曜日だというのに、早朝から葛野へ行き、終日仕事していた。いつも思うところの、怠け者の節句働き、というのだろう。葛野キャンパスは完全な無人だった。警備と私しかいなかった。

 今日は木幡研のマシンを増強する。四月以来作ってきた葛野2004P黒を正式システムとして木幡研にセットする。置き場所候補は葛野も木幡も数カ所あって、実に迷ってきた。結局、最長時間・最高精度使用の木幡研にした。葛野研はたしかに英語でいうとオフイスだが、あそこはマシン対話よりも対人対話が多く、また重視される。iMacでメルやMuBlogを触り、書類やデータベース管理を古いペンティアム4:2.5Ghzマシンですませればよかろう。

 木幡研は開発研究室だから、笑顔浮かべて話ながらすませる環境ではない。

 かくして2004年の夏の終戦記念日は過ぎていく。
 どのような場合にも、敗戦は痛手である。亡国なのだから。

 熱い茶を飲んで、終日、木幡研をてぎわよく使えるように整理整頓する。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2004年8月14日 (土)

美しいサイト:SlowFly

 いつぞや、痴友の梅翁から「よいサイトがあります」と紹介を受けた。内容はラジコン飛行機だが、梅翁はそういうことに興味を持つ御仁ではない。
 なぜ紹介があったのか不思議だった。つまり、それを聞いて「おや?」とおもった。
 で、みてみた。
 とても美しいサイトだった。飛行機が可愛らしい。そして、それを作る過程の写真も吸い込まれるような緻密さにあふれている。もちろん被写体が、一種の細密メカなのだから、緻密に見えるのだろうが、それにしても目がはなせなくなった。

 最初は詳しい製作記事も読んでいたが、私の技量を超えるので、自作は諦めた。最近では、米国でもこういうちっこいラジコン飛行機のセットが市販されているようだが、本当にこの記事にあるような洗練された掌飛行機なら、一台買ってみたい。

 ただ、このサイトにあるものは、それにしても可愛らしすぎる。独自の世界だと思う。
 こういうい繊細で、美的な模型セットの市販はむりだろう。
 写真だけみて、楽しむのがよいと思った。
 これは、高嶺の花と言って良かろう。
   
紹介サイト
  SlowFly "Mini-plane 3"
    同上Home ラジコン電動飛行機のホームページ

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2004年8月13日 (金)

2004年8月13(金)晴:陰陽師2を観る

 久しぶりにDVDで映画を見た。昨夜帰りに買った『陰陽師Ⅱ』。
 おもしろかった。83点くらい(優です)。

変に思ったところ
@出雲村の位置
 出雲族の住む出雲村の位置関係が不明。安倍晴明とか友人の源頼政とか、ヒロインの日美子姫とか、幻角はすぐにその地に行く雰囲気なので、平安京のどこかにありそうに見えたが、一体設定地はどこなんだろう。ロケ地は付録DVDで神奈川県とわかったが。

@右大臣藤原安麻呂は武人なのか?
 日美子の父である安麻呂は、昔出雲村を攻め落とした。さて、後に右大臣になるような人が、刀をふりまわして、モノノフの真似をするものだろうか?

@岩戸開きの舞扇
 安倍清明は、出雲族の恨みを鎮めるためにアメノウズメになって舞う。しかし鈴を持つのは雰囲気が出ているが、舞扇の方は違和感が残った。剣の方がぴったりしたのでは。

続きを読む "2004年8月13(金)晴:陰陽師2を観る"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

美しいサイト:flower

定義:美しいサイト
 均整のとれた、上品で、匂い立つような不思議なサイト。
趣旨
 お手本にしたいサイトを捜し、記録しておきたい。
 比較的長期間インターネットで生活し、そこに骨を埋めようと思っているから、自分には真似のできない、麗しいサイトをみつけたなら、それを自分の感性の一部、素養の一部にとりこんでいきたい。
注記
 blogとしなかったのは、私の想定の中で、HPでも紹介したいものがすでにあるからである。

flower/hisaki
 作者は京都府城陽市の方らしい。年齢性別その他は一切不明。
 「写真」とすっきりした記事の取り合わせがこのましい。
 写真については、ときおり「花とはこういうものだったのか」と、驚くことがある。対象を見つめることが大切で、その上で表現する技術がそなわると、世界は変わって見える。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2004年8月11日 (水)

2004年8月11(水)晴:blog考察

 今日は、風雪梅安一家の梅翁とJO爺からメルをもらった。
 私が数日MuBlogを休載していたことと、blog維持に関するコメントだった。

 で、MuBlogは京都の神社で、日々見かける月並祭のノリでいくことの再確認だった。
 うまずたゆまず、あきず、京都のそこここでは祭りがある。ワンパターンとかマンネリとかいう言葉ではすまされない、日々の営みである。blogが元々日記に由来をもつならば、MuBlogもまた月並みな日記に落ち着くのであろう。

 しかし。
 と、ここで私は思った。
 たしかに日記なのだが、これまでのインターネットソフトを上回るなにかがblogにはある。丁度1990年代初頭にモザイク(後のNetscapeやIEとなった、原型)がでて、あっというまに世界にひろまった、その革命性に匹敵するものがblogにはある。

 今夜はそれを、再度メモって眠ることにする。
 再度というのは、あちこちで断片を落書きしてきたからであり、今夜はその中間まとめである。

続きを読む "2004年8月11(水)晴:blog考察"

| | コメント (1) | トラックバック (1)

情報図書館学・電子図書館:図書館/情報ネットワーク論/原田勝

By NDL-OPAC UL533-E8
図書館/情報ネットワーク論/原田勝著

図書館/情報ネットワーク論/原田勝

  東京:勁草書房、1990.5
  286、8p ; 20cm
  ISBN:4-326-05012-8
  定価:2575円
全国書誌番号: 90039616
個人著者標目: 原田、勝 (1944-2004) ‖ハラダ、マサル
普通件名:図書館協力 ‖トショカンキョウリョク
普通件名:図書館 -- オートメーション ‖トショカン -- オートメーション
NDLC:UL533
NDC(8): 011.3
本文の言語コード:jpn: 日本語
書誌ID:000002045669

続きを読む "情報図書館学・電子図書館:図書館/情報ネットワーク論/原田勝"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004年8月10日 (火)

2004年8月10(火)晴:夏の深夜

 丁度いま、『天人五衰』を読み終えた。
 久しぶりに文学芸術というものの世界にひたった。

 この『豊饒の海』第四作最終巻は、先年夏から「読後の失望」を危ぶんでいた。
 しかし、なんとしたことだろう、これまで何度か読んだうち、昭和四十五年十二月暮れの新潮に最終掲載されたものを読んだときと、おなじ気持のふくらみがあった。

 いま、私は豊かである。馥郁という言葉が似合っていると思った。
 この三十年間以上の時間、途中何度も読み返し、最初の感慨を得られず、骨と皮のような第四作と人も我も思いこんでいた作品が、これほど今夜(今朝)ゆったりとした読後感をもたらすとは、思っても見なかった。

 作品の最初と最後とが、綺麗に繋がっていて、それは私の青年期初期と、今の時代とを丁寧に結びつけている。
 文学芸術の力とは、偉大なものである。

 今宵は、本多繁邦の夢をみるのだろう。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年8月 9日 (月)

ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム

鳳翔館・平等院ミュージアム(京都府宇治市宇治)マピオンBB地図

 鳳翔館というのは、世界遺産・宇治・平等院の博物館である。かつては同地に宝物館としてあったが、21世紀初頭に現代的な博物館に生まれ変わった。
 そこに平等院鳳凰堂と同じ程度の価値を味わっている、と記せば非難を受けるかも知れないが、私は時折そう思うことがある。平等院は過去の建造物である。そこに人類が生み出した新知見や新技術、新文化をそそぐことはもうできない。今の私とは、明確すぎる断絶がある。

 平等院といえば、光源氏と葵の上との間に設けられた一子、夕霧の住まいがこの地をモデルにしていたとは、よく耳にする話である。どこかの神の手によって、平等院を発掘したら、夕霧の関連遺物が出てきたなどと新聞に載る日も楽しみだが(笑)。

続きを読む "ほうしょうかん:鳳翔館・平等院ミュージアム"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2004年8月 8日 (日)

みしまゆきお・ぶんがくかん:三島由紀夫・文学館

三島由紀夫文学館(山梨県南都留郡山中湖村平野)マピオンBB地図

 文学館が山中湖にできる前後から、気になっていた。
 いまだに未踏地である。

 今夏は『豊饒の海』第四巻『天人五衰』を精読し、なにがしかの答を出す年にあたっている。春の雪・奔馬・暁の寺と読み継ぎ、これで完了する予定である。
 文学に答のようなものがあるとは信じていないが、それでも道筋が付いたと振り返ることはできる。その道筋を先に延ばせば未踏の地に至るかもしれない。それが想定する答である。

続きを読む "みしまゆきお・ぶんがくかん:三島由紀夫・文学館"

| | コメント (5) | トラックバック (2)

2004年8月 2日 (月)

2004年8月2(月)晴:夏の朝

 今朝は珍しく午前3時に目覚めた。昨夜は22時には眠っていた。
 最近は、授業がないので目覚まし時計を解除している。自然起床が午前6時くらいになっていた。8時間睡眠が続いていたわけである。しかし年齢的にそれはおかしい。やはり、夏の疲れや春の疲れが何週間かでていたのだろう。

 で、数えてみると今朝は5時間ねむったことになる。
 そろそろ本調子になってきたようで、にんまりする。

 昨夜のNHK新撰組はよかった。と、同時に20代や30代の若者達が、ああいう組織のストレスの中でいつでも抜ける血刀もって生きていく日々の辛さを味わった。
 典型としての近藤、土方、山南、永倉らの姿が瞼にはりついた。
 山南さんの細目がだんだん痺れるような良さをだしてきている。
 山南さんは、土方には敗れたが、破れることがインテリの栄光だったのだろう。

 あれは現実の彼らではなく、脚本や演出の解釈であるとしりつつ、つい、その巧みさにのめり込んでしまう。

 西郷さんが先回から気に入っている。
 鹿児島の人はあんなふうな抑揚で話しているのだろうか。
 鹿児島の男性ならそんなことがしっくり想像できるが、いわゆる鹿児島の美しい女性たちも、あんな話しかたなのかな、と思うと笑えてくる。とんでもない誤解かもしれない(笑)。

 坂本さんがなんとなく、初回から腑に落ちないのだが、つまりロボットみたいに坂本演説や慷慨悲憤、おちゃらけをするのが、なんともしっくりしない。これは演出脚本が坂本さんを消化していないのかもしれない。

 おりょうさんはよかった。どうよかったかというと、ああいう女性とはいっしょになりたくないな、という自然な感慨である。元祖自己中美少女という典型が上手に描かれていた。すておくと、どうにもならないから、坂本さんはおりょうと新婚旅行に行ったんじゃなかろうか。坂本さんは、多くの女性に愛されたと、司馬さんの世界では描かれていた。おりょうさんは竜馬の死後、竜馬の妻であったことを誇りにしていた形跡があるらしい。しかし、竜馬はおりょうさんを誇りにはしなかったとおもった。
 可愛くおもったのは事実だろうと、想像できる。
 そういう意味で、おりょうは良かった。寺田屋での今後のどたばたが楽しみである。

 斎藤さんが、どうなるのか、楽しみである。無精髭をおとしたら、精悍さがなくなった。

 宇治木幡の朝、えんえんと考え続ける内容が、NHKの大河ドラマ新撰組であるということは?
 日々の静けさを思った。
 私は、普通に生きていて、普通に生を楽しんでいるようだ。
 NHKという国民メディアが国民大河ドラマを放映する意味をじっくり味わった。
 NHKもわれも、それでよいと思った。

 近藤さんの役者さん。オハオハ、オハヨのお兄さん、彼からは一生近藤さんのイメージが抜けなくなってしまう。ピーター・オツゥールが一生アラビアのロレンスであったような。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年8月 1日 (日)

うじがみじんじゃ:宇治上神社

宇治上神社(京都府宇治市宇治山田)マピオンBB地図

宇治上神社

 世界文化遺産なのだから、MuBlogが詳細を述べる用はないと思う。
 ただ、桐原水というのは、以前から気になっていた。これを20代に知ったその典拠を求めているのだが、すぐに思いつかない。調べたら、追記しておく。
 よい写真があった。桐原水桐原水水舎
 宇治上神社は、しばらくは宇治神社とペアで整理し、ウジノワキイラツコ宮居、源氏物語宇治十帖(八宮邸宅モデル)、そして世界文化遺産(最古の神社建築)、くらいにメモっておこう。
参考サイト
 宇治上神社 Ujigami Shrine
 源氏ろまん京都宇治ウェブガイド宇治上神社
 世界文化遺産 宇治上神社

追伸:2004年8月2日にJO-BLOGで宇治に関する興味深い考察が掲載されたので、ここからトラックバックを発行した。

| | コメント (4) | トラックバック (3)

« 2004年7月 | トップページ | 2004年9月 »