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2004年7月16日 (金)

はらむら・ペンション:原村ペンション

原村第2ペンション村(長野県諏訪郡原村)マピオンBB地図(地域)、MapFan(目的地
  ペンションクッキー 同TOP
  Zig-Zag

 1997年の夏でしたか。8月の終わりだったと思います。ゴリポン先生に誘われて、運転手の形で長野県諏訪郡原村へ行きました。

 ただ行けばよい旅ならば、ごく普通の旅行なので、印象も少なかったことと思います。
 運転手とは、名ばかりで、ていのよい子守だった、あるいは羊を見張る牧羊犬だったのだと、今から思うと、はっきり悟ったのです。
 19歳と若干の20歳、合わせてそうですねぇ、30名程度の女子大生だったでしょうか。もっといたかもしれません。
 私の役目は、調査(一応学生達は日中に村の一戸一戸をまわり、聞き取り調査をした)でぐったり疲れ果てた学生達を、毎夜車に乗せて、往復4キロの田舎を猛速で走り、温泉、つまり現代のスーパー銭湯まで連れて行く送り迎えだった。当時のことばなら「アッシー」してたわけですな。村が経営していた温泉は、MapFan(目的地)で左の方にある「もみの湯」だったと思います。
 ええ。そういえば、朝も夕も村の中心まで送り迎え。さらにお昼時も、村のポイントを数カ所定めて迎えにいくのです。中には、待てど暮らせどポイントに帰ってこない学生もおってなあ、そりゃはらはら村しましたよ。預かっておる、年若い娘ごたちを、まったく未知の家に訪問させる、いささか危険な調査でしたからね。

 それと、ある日のこと、郵便局までゴリポン先生を護衛して(笑えます。だってな、ゴリポンというくらいだから、身長180を越える純粋カンサイジーンの偉丈夫なんだから)、学生達の給金や電車賃を受け取って、ペンションまで運んで、薄暗い電灯の下で金勘定するのをじっと見守っていたんですからね。なんか、飯場の親分というノリでした。どっちが? ええ、ゴリポン先生がです。当時だったからか、今でもかもしれないが、郵便局に前日に電話して、現金札束を用意してくれと頼んだほどの大金だったんですよ。
 フィールドの先生って、ほんとに、相当にどしぶい神経をもっていないと、研究もできませんなあ。

 さてペンションですが、冒頭に記した、クッキーペンションと、それからZig-Zagに分宿しました。私と、10名ほどがクッキーで、ゴリポン関係の他の先生と残り大量の学生はZig-Zagでした。二つは隣り合わせで、庭も共有しているような造りだったのです。
 私の住まいしたクッキーは良かったです。なぜか、私だけが個室でした。食堂が小綺麗で、朝食を皆と食べるのが毎朝楽しみでした。珈琲が飲めたからですね。

 一番楽しかったのは、最終日前夜でしたでしょうか、バーベキューをしました。クッキーペンションの施設でした。みなさんは、遅くまで飲んだり食べたり騒いだり、若い先生の引率で夜の散歩したり、花火してたり、そりゃもうすごかったようです。と、私はまるで伝聞記述ですが、ご承知のように(だれも知らんか!)、私は消灯9時過ぎですから、白河夜船。そのかわり、午前5時には「あのせんせなぁ、朝のはよから、散歩してはったぇ」と噂されておったようです。

 ええ、ええ。青春っていいものですね。当時の子羊さんたちは、いまは数えてみると26から27歳におなりになっているはず。ああ、光陰矢のごとし。
 もう一度、運転をしたいかって? 
 それは無理でしょう。
 たしか車が三台だったんじゃないでしょうか。村中心まで歩くと小一時間、片道かかりましたよね。
 1997年、平成九年の暑い夏の日々でありました。

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地図の風景」カテゴリの記事

コメント

八ヶ岳山麓ですね、特に西側ですね、諏訪湖も近い。
しかし、せんせも30人の女学生さんを引率して3台の車で『お風呂』へ連れて行く? えらい大変でしたね~~。大きなバスを借り切るのは出来なかったんでせうか?
話、聴いてるだけど、私や梅安さんには到底出来ないお仕事やと思いました。

投稿: jo | 2004年7月16日 (金) 08時11分

   先生、 懐かしです!!!
 私はペンションZig-Zagの方に泊まったような気がします。(違ったかな?)
 そうそう、お風呂屋さんにも車に乗っけてもらって通いました。
 高原だったせいだと思いますが、調査で訪問させていただいたおうちの庭に咲くお花たちは、色が濃く鮮やかで目に眩しいくらいだったのが印象に残っています。
 しかし、あの調査は大変でした。あるお宅ではおじいちゃんが私たちを不審に思われたらしく、草刈がまを身構えて玄関に出てこられたことがありました。(もちろん何事も無かったですよ)
 今にして思えばそれもいい思い出ですね。
 
 村から最寄り駅までの道は白樺の群生している中を通って行くのですが、童話の中にいるようで感動しました。

投稿: 羊 | 2004年7月16日 (金) 14時36分

羊さん
 ところが、私があなたを見かけたのは、バーベキュウの夜に、わずか2分程度でした。とにかく、姿を消していた。不思議な学生さんでしたね。
 私の運転する車で運んだかどうかさえ、分からない。

 それと、なんとなく年長組は数も少なく、ゴリポン先生からは別の仕事を依頼されていたような、不思議な記憶もあります。年少組とは別行動じゃなかったかな。

 年少組が、手こずったのが記憶にあります。朝になっても起きない超有名な人とか(この方は、3年のおり、共同演習時も、友達が毎朝迎えにいって、その間長時間シャワーでやっと動けるようになったとか、ならぬとか)、他には夜間放浪癖とか、服装が?とか(笑)、まあ、そんなこんなで、なかなかに、忙しい日々でありまして。

 要するに、原村での羊さんは、おとなしすぎて、てがかからなくて、その分、記憶が水面に映る影みたいにゆらめいて、よくわからない。そう、分宿で食事場所も別でしたからね。
 ということです。

投稿: Mu | 2004年7月17日 (土) 22時46分

Zig-Zagのリンクが張ってあったので見に行きましたが
「星空の映画祭」、いいですね。
「星空の下でのバーベキュー」もうらやましいです。
一瞬某身内一同で合宿を企画しようかと思ったくらいに(笑)

それにしても毎年すばらしい伝説になる方々はいらっしゃるようですね。
寝坊して班長の気を揉ませる不届者や、傀儡政権企てる邪笑者や…(苦笑)
夜間放浪者はいませんでしたが。

先生も個性の強い学生達に囲まれて、よくやってられるなぁ、と
感心してしまいます。
…とかいいながら私がその筆頭だったらどうしよう(ドキドキ)

投稿: J-NETTER | 2004年7月22日 (木) 01時03分

J-Netterさん
 私にとっても、これほど大規模なイベントはそうあるものでもない。まれにもみくちゃになった。
 まあ、君らの時代には「森博嗣京都葛野2003」がありましたな、千人の羊や狼の誘導を倶楽部数名の幹部と、助っ人に任せきったのは、冷や汗脂汗の大イベントでごじゃった。

 それに比べれば、原村の私はほとんど純粋アッシーでしたか、大規模なわりには気楽だったとも言えます。大将を人任せがどれほど気楽か、堪能しました。私が共同演習で、チーフに大枚30点ものボーナス点を上乗せするのは、そういう経験をいくつも味わったからなんですぜ。

 ペンションの人も工夫してくれたようで、一週間程度の滞在に、食事に飽きたことはなかったです。普通の合宿旅館なら、毎朝のノリと卵と乾物焼きとみそ汁は大好きですが、毎晩マグロの造りに、油の悪い海老フライ、トンカツ、ハンバーグじゃ、げっそりしてやせ細るからね。その点、食事が楽しみでしたなぁ。

 葛野図書倶楽部2001神話世代で、壮大なバーベキューしたり、温泉素潜り大会をするのは、いつも夢見ています。みんなカンサイジーンのはずやから、吉野の村温泉や、熊野(でしたかな)の龍神村温泉や、高野山に一週間籠もったり、最近の嵐山温泉(これ、ほんとに湧湯してるんです)で大宴会やったりと、夢はつきませんがな。

 だけど、みんなあれこれやっかいごとを抱え込んでいるだろうし(あて推量ですが、経験則からは、別れる切れるからはじまって、離婚の再婚の夜逃げの気鬱の、年齢的にまだ馬鹿息子馬鹿娘にきりきりまいさせられるにはいたらぬが、会社倒産とか、親族不幸とか、もう、この世の地獄は大抵卒業後数年で経験してよりますえ)、そうそう明るい顔してあつまることもかなわぬじゃろうと、いつもため息をついておるのです。一般に、女子の方が卒業から30歳くらいまでは、ごたごたが多いね。

 そやからな、せめてお金の心配だけはさせんようにと、計画では、龍神温泉くらいなら、なに、数百万円寄付してあげれば、一ダースくらいの女達が、のんびり温泉につかって、酒飲んで暴れるくらいは、数日まにあうじゃろうと、思っておる。

 よって、一番隊長2001に告ぐ。つつしんで、待命せよ。
(ところで、その数百万円をかせぐ、ぼろ口企画は、君がたてればよい)
以上、朝から、現実的(笑)な話に終始して、すまぬな。


投稿: Mu | 2004年7月22日 (木) 08時47分

他人の運転する車に乗ってしまうことはとっても楽なことです。
運転している人も乗っている人も、同じ景色を見ているはずなのに
お互いの記憶は違っていたりするんですね。
同乗している人は美しい景色や、道行く人なんかを覚え
運転している人は複雑な道や、目的地の建物の場所なんかを覚えちゃう。
そのイベントの参加者と運営者の違いもまた同じコトです。

で、ぼろもうけ企画は…
かつての共同演習のネタの中から実用出来そうなものを引っ張り出して
特許でも取るとか
宝くじを当ててみるとか…
……
…なんかろくなコトは浮かびませんでした(苦笑)

投稿: J-NETTER | 2004年7月22日 (木) 21時05分

J-netterさん

1.他人の運転について。
 まず、他人運転の車は怖いですね。タクシでも怖いことがあります。
 次に、他人運転(例えば少年期からの旅行計画も含む)だと、乗って寝てる間に家に帰った、という事例が多いです。断片は覚えているのだけど、流れとか全体像は覚えていない。偽り無く、どこへ行ったのかさえ思い出せないことも多いです。
 だから、他人運転→他人大将だと、ほとんど、寝てる間に終わった、が多い。もっとも、そういう大将は少なくて、大抵途中揺り起こされて「大変ですぜ。ガス欠」とか「ギャー、予定を間違えて、宿は昨日の予約にしていた」なんて、大騒ぎになることもあるです。
 共同演習、プロジェクト遂行、日常、さて大将になるか、同乗者になるか、迷うこともあります。

2.同床異夢について。
 チーフと兵隊。ドライバーとナビゲータ。ボケとツッコミ。同じ場にいても、見るもの聞くもの、情報のモードとか品質、焦点は全部異なるのでしょうね。当たり前だけど、意外な指摘でした。

3.ぼろもうけ話について。
 これは、当MuBlogの贔屓筋、JOさんが帰国しないと、話が進まないね。
 旅一座をつくってもなぁ、芸もあんまりなさそうやし。二日二晩睡眠なしでチャットする人もおおかったけど、あれって、芸になるかねぇ。一芸マヤ文明とかさぁ。一芸「クダン」。一芸預言に一芸桃太郎(?)、まあ、芸をしこむのも大変。

投稿: Mu | 2004年7月22日 (木) 21時57分

運転手になるか、同乗者になるかはその車に乗り込む人員を見て
判断するのも一つの手段だと思いますよ。
もっとも、あまり積極的な手ではありませんが…。。。

大将と兵士、運転手と乗務員ならともかく、手をつないで見つめ合う二人だって
同じコトを考えていることはよくあるんじゃないでしょうか(苦笑)
別に体験談ではありませんが……。

旅一座、サーカス団はちょっと無理でしょうね。
それくらいならばそれぞれ出稼ぎに出た方がよほどいいかもしれませんよ!?

投稿: J-NETTER | 2004年7月23日 (金) 20時47分

J-Netterさん
 関東の猛暑はすぎましたかね。
 猛暑週の中で、今日は週末、にしては週末夜半コメントとは、ちと寂しいですね(でました!邪笑)

 さて、同床異夢については、普通カップルなんかを若者は想像するようですが、意外に政治的用法が一般的だし、実用的ですね。いろんなプロジェクト、そのたに参加されるときは、お互いの思惑、目的、利害、全部異なることを銘記致しましょう。知っておれば途中で泡ふいて腰を抜かすこともない(久しぶりの組織運用論)。

 サーカス団ですが。以前MuBlogでも「からくりサーカス」という漫画を記事にしました。家無き子とか、横溝正史ミステリとか、旅一座やサーカス団は、ロマンの源泉ですね。
 葛野倶楽部も、芸達者な人が毎年毎年多いですから、新撰組の英雄神話的かつ殺伐とした血みどろの「切り開き」時代(ものすごおおげさやな)が過ぎていって安定したら、「旅一座」というイメージを持とうかなと、いま、思ったところです。

では

投稿: Mu | 2004年7月23日 (金) 21時15分

週末の夜は午後9時から始まることもあったりなかったり…
(邪笑返し!!…になったでしょうか?)

組織運用論は…最近頓に引っ張られることが多くなってきたので、
トップの人間が表面的に考えていることと下々の者が内心で考えていることのギャップにたじたじです。
(もっとも、周囲の人には「オマエほど物事きっぱり言うヤツもいないだろ」と思われていそうですが…)
上の人間は理想を見て夢を語り、現場の人間は目の前にあるモノを見て現実を語る…
そんなところでしょうか。

「葛野旅一座」ですか。
創設時のごたごたを乗り越えるとそんな感じになるのかもしれませんね。
ある者は日々皿回しに邁進し、別の者は次の公演の準備をするとか。
イベント一座になってしまったら「さすがは創設時に関わった人があの人達だっただけのことはあるね」と言われてしまいそうだなぁ…(苦笑)

投稿: J-NETTER | 2004年7月25日 (日) 17時34分

J-Netterさん
 日曜の夕方にコメントなさるも、ちと侘びしそうやね(邪邪笑)。
 まあ、よし。
 組織、階級社会では、一ランクから二ランク、自らを高く侍して、まわりを見渡すとよいね。
 奴隷根性がなくなる。

 課長か部長になったつもりで、自らと部下達を指揮指導する心映え(顔にだしゃ駄目だ)。
 指揮当事者じゃないから、CPUの電圧を多少上げて限界突破スピードで思考しても、水冷式でも導入すれば暴走せずして、全体を俯瞰できる。(冷却システムが何にあたるかは人さまざま)

 全体を俯瞰するから、壁を乗り越えるも爆破するも遠回りするも、逃げるも、死んだふりするも、自由自在。
 実際の指揮者よりも先を見通して、部下するというのは、なかなかに芸も必要でしょうけどね。
 「見透かし」た顔は絶対に見せぬ事。
 無心にならねばな。鉛のヘッドギヤかぶって透視を遮断しなくちゃね。
 多少、年季も必要やろう。

 奴隷根性を20代にもってしまうと、いくら昇進しても、惨め。
 いつも上位者の後追いばかりする。

 「目の前にあるモノを見て現実を語る」これが諸悪の根元。
 現実対処は訓練によるスキルしかない。いくらみててもしかたない。
 夢見ながら、馬糞を素手で拾い、仙人も墜落するほど艶な笑顔しながら、後ろから袈裟懸けに切り倒す。
 
 夢想剣、影を見切るとか、いろんな流派の極意やろうな。

 (だんだん、剣豪論になってきよった。数日前に、柳生宗矩読んだからかな)
 しかし、作為なしで、部長モードになって、兵隊の自分と、その他といっしょに仕事するなんて、これができるのは、やっぱり、初代一番隊長さんでっせ(お布施はいらぬよ)。

お粗末でした
追伸
 なんかしらぬが、このコメント、一体、どこに分類しようかね。

投稿: Mu | 2004年7月25日 (日) 18時23分

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