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2004年7月20日 (火)

うさじんぐう:宇佐神宮

宇佐神宮(大分県宇佐市大字南宇佐字亀山2859)マピオンBB境内地図

 宇佐神宮は地図でみると国東半島の首の付け根にある。北の周防灘から内陸へ南に5キロ程度のところに位置する。一度は行ってみたいとずっと思ってきたが、未踏地のままである。
 最近耳にしたところでは、宇佐神宮は京都の平安神宮のように、朱が鮮やかで、朱と白が目につくようだ。もう少し地元の人の証言が聞きたいところだが、情報というのは受け手よりも発信者の選択が強い。宇佐の隣の中津市では一万円札に似せた諭吉煎餅が売られ、演歌歌手天童よしみが湯布院で温泉殺人事件の撮影をしていたような(笑)、・・・とかそういう話にそれていった。

 情報というものは、受け手が何を知りたいかを自覚したとき、初めて鮮明に「立ち現れてくる」 してみると、ひたすら温泉話ばかりに興味を持った私が、宇佐神宮の情報を受け取りそこねたのかもしれない。
 と、ここまで記録すれば、やがていつか宇佐神宮の写真もこの記事に掲載されるであろう。いや、いつか自らの目で見てみたい。
 
 歴史で、和気清麻呂の宇佐八幡神託事件は十代に知っていた。しかし、日本史の授業以上に宇佐神宮に惹かれたのは、高木彬光『邪馬台国の秘密』(改稿新版:角川文庫)だった。この図書は名著だと思う。結末に華があり、そして夢幻に誘ってくれた。
 宇佐神宮、その上宮は卑弥呼の墓であるとの説で、いつまでも忘れられない一節があった。

『石棺は、あそこに埋まっていたのです』
 ずしーんと胸にこたえた一言でしたね……場所は三之神殿(Mu注:祭神は神功皇后)からむかって右に数メートル、内陣を囲んでいる壁の右の小さな門からは左に数メートル、僕たちが立ち止まった回廊の一点からも数メートルの一点でした。その真下約二メートルの深さのところに、この石棺は東北-西南、ほぼその方向にいまでも千何百年かの謎を秘めたまま、横たわっているというんですよ
 ともあれ、宇佐神宮は広大らしい。三つの神殿のある上宮は、おそらく古墳の上にのっているとの話もある。高木によれば高さ30m、直径90mはあるらしい。不思議な神社だと思った。

参考サイト
  宇佐神宮ホームページ:公式HP
  宇佐神宮の謎:4つの謎の問いかけ。答はない。
   1.何故神域もふくめ、広大なのか。
   2.応神天皇をさしおき、何故二之御殿の比売(ひめ)大神が、最高神に見えるのか。
   3.何故「二礼、四拍手、一礼」と、出雲大社と同じ拝礼なのか(全国この二社のみ)。
   4.何故「宇佐八幡神託事件」は、伊勢でなく宇佐でなければならなかったのか。
  卑弥呼と宇佐神宮の祭神 -卑弥呼の墓の推定
  「邪馬台国の位置と日本国家の起源」概要

注記
  2004年8月4日付け「宇佐神宮 幻想/JO-Blog」
  
  

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地図の蠱惑:未踏地」カテゴリの記事

コメント

私も『邪馬台国の秘密』読みました。面白かったです。
宇佐神宮について、私もblogしました参考にして下さい。
日本書紀、古事記が何故に宇佐神宮について沈黙したかが、未だ判りません。豊前、豊後の海部族と息長氏の日本海海部族の連携が神宮皇后(おきながたらしひめ)の河内王朝成立に関係があると思います。鍵は私は秦氏であると確信しています。面白いですね。

投稿: jo | 2004年8月 4日 (水) 16時29分

JOさん
 あなたの海部好きには感心します。
 10年も前かな、梅翁があるとき、梅原猛さんの「海人(あま)と天皇」上下、新潮文庫をすすめてくれたような気がして、いまてもとにある。
 読んだのか読んでないのか分からないが、急に気になってきました。
 JOさん、この梅原さんの本、よんだかな。
 どうなんだろう、あなたの海部と梅原海人は関係あるかな。あるなら再読するよ。

 ここで閑話休題
 最近記憶が薄くてね。なにをなし、なにをはなし、なにをよんだか、なにをたべたか、なにしてたか、とんと思い出せない。辛いね。

投稿: Mu | 2004年8月 6日 (金) 02時11分

未読です。
梅原はんが海部についてお書きなんですか?読んでみます。
日本は海に囲まれた国です、交通手段も海と川ですね、陸上は山だらけ
で古代は無理です。だから、稲作文明だけで、日本の歴史を偏見するは
何かを見失うと思います。御身体、大事に。

投稿: jo | 2004年8月 7日 (土) 22時09分

JOさん
 最近の貴公の記事をよみ、いまさらに「稲作文明だけで」は、どうにもならないと思っております。
『異形の王権/網野善彦』くらいから、それは感じ出しました。
 それにしても、貴公が「あま」「あま」と連呼されると、いつのまにか「そうでなくちゃ」と、思いこんでしまっているね。

 山の人や芸能人や、海にすむひとたちが、ぎょうさんおりますね。

投稿: Mu | 2004年8月 8日 (日) 21時33分

JOさんが、古代史おたのしみ読書を掲載してくれた。
なかなか面白い。

http://akatonbo-jo.cocolog-nifty.com/jo/2004/12/post_23.html

 以上の全文にトラックバックをかけた。

投稿: Mu | 2004年12月28日 (火) 03時59分

20年ほど前になりますが、宇佐に行ったことがあります。日本のUSAなどというベタな看板があって興ざめた覚えがあります。宇佐八幡宮は広大な敷地を持つ立派な神社でした。清経という能に、平家が宇佐八幡宮に参詣し数々に神頼みをする場面が出てきます。にもかかわらず「世の中の宇佐には神もなきものを。なに祈るらん、心づくしに」と無常な御神託。宇佐は「憂さ」の掛詞としてよく使われますが、この能でもやはりそうです。宇佐の地名に懐かしく、思わずコメントしました。

投稿: namiko | 2004年12月28日 (火) 20時31分

namikoさん、 (12月 28, 2004 08:31 午後)
1.USA問題はMuも覚えております。made in USA といって騒がれました。
2.よいですね、旅の経験があるというのは。百万言費やしても、現地の経験の前には萎れます。「地図の蠱惑」というカテゴリーを未踏地には付与していますが、いつか既知にしたいです。
3.お能には、宇佐とか、三輪とか、ゆかりある地が出てきますね。昔の人も、さらに昔を偲んだのだと思います。

投稿: Mu→namiko | 2004年12月28日 (火) 22時07分

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