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2004年7月27日 (火)

うじじんじゃ:宇治神社

宇治神社(京都府宇治市宇治山田)マピオンBB地図

宇治神社

 伝承などは、写真の解説にしるしておいた。
 この神社は地図でわかるが宇治川のそばにあるので、散歩がてらに来るのがよい。気持がなごむ。
 明治までは、東北の方角すぐにある「宇治上神社」と一体だったらしい。
 応神天皇の皇子ウジノワキイラツコが宮居していた話も興味深いが、源氏物語でここに八宮や、大君、中君が住んでいて、対岸に夕霧の別荘があったとは、紫式部の才能がよくわかる。

参考サイト
  宇治神社:源氏ろまん

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やよいぶんかはくぶつかん:弥生文化博物館

大阪府立弥生文化博物館(大阪府和泉市池上町)マピオンBB地図

卑弥呼の館

 過日弥生文化博物館を観覧した。この博物館ができたときから、ずっと行って見たかった。当時のポスターに、女優のなんとか舞?というひとが、髪をみずらにして写っていたのがとても印象深かった。普通は男性の髪型だったらしいのに、若い女優がそうしていたのが新鮮だった。
 写真は、私が勝手に「卑弥呼の館」と名付けておいた。ほんとうのところはわからない。しかし卑弥呼らしいひとが小さく写っている。長い柄のついた日傘らしいのが見えて、その細部に心がときめく。こういう模型、ジオラマには異様な関心を持っていて、実は、これを見たいばかりに、ある日思い立って宇治の木幡から大阪府南部まで延々と走ったわけである。

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2004年7月25日 (日)

ろくじょうのいん:六条院

源氏物語・六条院(京都市下京区)マピオンBB地図

 「うじのわきいらつこ:莵道稚郎子」を掲載したあと、源氏物語が気になってきた。その記事では現在の宇治神社が宇治十帖「八の宮」の旧邸モデルかもしれないという話につながっていた。
 それを考証するまもなく、今度は畏友梅翁が語っていた「平安時代」を思い出してしまったのだ。これについては、さっそく痴友JOさんもJO-Blogに新稿を掲載した。

 となると、まず光源氏の建てた豪壮な住まい「六条院」が気になってくる。すこしみてみると紫式部は「六条院」のモデルとして源融(とおる)の河原院を選んだようである。
 河原院とするならば、おおよそ、南北は現在の松原通りと五条通りの間で、東西は河原町と柳馬場通りだろうか。一辺が250m程度の方形としても、あたらずとも遠からずであろう。しかしこのあたりのことは、歴史家、遺跡発掘の専門家、六条院や河原院の専門家の意見を多数採取しなければ、明確にはならないだろう。その広さも、4町とか8町とかと異なるので、広さも場所もわからぬままだが、ただ、常識はずれの広い区画だったと想像しておくことにする。

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2004年7月24日 (土)

2004年7月24(土)晴:夏の夜

 木幡研の机上で、MuBlogを開いてみたら、今日はまだ記事を記していなかった。
 掲載したいと以前から考えていたものは一週間分程度あるのだが、ふとした拍子に書きづらくなった。
 要は身内からわき上がるような、そうしてオリジナルな、そんな記事は書けないと思ったからだ。
 とりたてて小説のことを考えているのではなくて、批評とかエッセイとか、そして写真解説とか、そういうもので私独自のものを記すのは至難の業だと思った瞬間、キーボードに向かうのが辛くなった。

 いろいろな過去の記録や図書や写真や、現代のネットワーク情報や、そういうもの総ての中に、今の自分が溶け込んでいるのであって、自分と世界とを切り離し、自分が一人立ってなにか独自のものを書くのは困難なのだろう。

 ただ、どんなことでも初心とは薄らいでいくものだ。
 新たな初心を見つけるのか、それともこれまでの至らなさを改良するのか、それとも革命的に方法を変えていくのか、どれが最適なのか分からない。

 つらつら思うに、なにかをなしていくというのは、こういった、もろもろの自分自身への疑心暗鬼を味わい、投げたり、休んだり、やりとげたりするのだろう。

 明朝、起床時に、MuBlogの方法を考えてみよう。
 結論は、なかば出ているのだが、朝の清明な心でもう一度考えてみる。

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2004年7月23日 (金)

うじのわきいらつこ:莵道稚郎子(宇治墓)

莵道稚郎子・宇治墓(京都府宇治市莵道)マピオンBB地図

莵道稚郎子尊・宇治墓

 住まいする宇治木幡(こはた)から少し南に下がった宇治川沿いに大きな古墳があります。莵道稚郎子尊・宇治墓となっていますから、日本書紀の悲劇的な皇子の御陵なのだと思います。ここで御陵という言葉を用いましたが、百科事典によれば「陵とは、歴代天皇陵、歴代外天皇陵、皇后陵、太皇大后(たいこうたいごう)陵をいい、墓とは皇子、皇女墓をいう。」 (C)小学館、となっております。
 だから、ここは宇治墓と宮内庁が記すように、陵ではなく墓と書かねばならないところです。たとえば箸墓は御陵ではないわけです。
 
 ところが、どうにも素直に従えないところがあるのです。
 ウジノワキイラツコ。

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2004年7月21日 (水)

くにさきはんとう:国東半島

国東半島(大分県)マピオンBB地図

 十代のころは、国東を「くにさき」と読めなかった。昔は國埼とも書いたようだが、それなら分かる。二十代になって読めるようになった。この記事では当然「未踏地」で、その上どこか目的地点を定めることもしなかった。丁度半島の真ん中に両子山があったので、そこを地図でポイントしておいた。
 ここは火山のようだ。そういう意味では、近くの別府やその奥も火山脈の上にあるのだろう。火の国、温泉の国なのだから、地図でみる国東半島が絵に描いたように放射状になっていても不思議ではない。溶岩が流れてこんなにはっきりした円錐を地図に表しているのだろう。

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2004年7月20日 (火)

うさじんぐう:宇佐神宮

宇佐神宮(大分県宇佐市大字南宇佐字亀山2859)マピオンBB境内地図

 宇佐神宮は地図でみると国東半島の首の付け根にある。北の周防灘から内陸へ南に5キロ程度のところに位置する。一度は行ってみたいとずっと思ってきたが、未踏地のままである。
 最近耳にしたところでは、宇佐神宮は京都の平安神宮のように、朱が鮮やかで、朱と白が目につくようだ。もう少し地元の人の証言が聞きたいところだが、情報というのは受け手よりも発信者の選択が強い。宇佐の隣の中津市では一万円札に似せた諭吉煎餅が売られ、演歌歌手天童よしみが湯布院で温泉殺人事件の撮影をしていたような(笑)、・・・とかそういう話にそれていった。

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2004年7月19日 (月)

葛野2004P黒の製作(6)完成

葛野2004P黒の完成

部品設定完了

 ついに2004年の「年一」マシンが完成しました。年に一回自作の掟を設けてしまったので、少しあっけなく、もの悲しい気持で記事を書いております。諸拡張部品の増設はあっても、来年までは新マシンを組み立てることはないことでしょう。
 考え出したのが4月で、部品を買ったのが6月、完成が7月ですから、正味3ヶ月程度楽しんだわけです。一気呵成にやれば二日(部品調達+組み立て+OS設定)で楽にできる趣味を、延々と引き延ばすようになったのは、年に一回と決めたことや、世の中そうそう楽しいことはないもんだから、楽しみを見つけたらじっくり味わおうという、加齢・経験その他による人生観の変化でしょうか。

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2004年7月16日 (金)

はらむら・ペンション:原村ペンション

原村第2ペンション村(長野県諏訪郡原村)マピオンBB地図(地域)、MapFan(目的地
  ペンションクッキー 同TOP
  Zig-Zag

 1997年の夏でしたか。8月の終わりだったと思います。ゴリポン先生に誘われて、運転手の形で長野県諏訪郡原村へ行きました。

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2004年7月15日 (木)

情報図書館学・情報サービス:未来の図書館/原田勝

By NDL-OPAC UL11-87
未来の図書館 : 情報社会における知識と情報の流通/原田勝著

未来の図書館/原田勝
  京都:松籟社、1987.8
  226p ; 20cm
  定価:2000円
全国書誌番号:87054440
個人著者標目:原田、勝 (1944-2004) ‖ハラダ、マサル
普通件名:図書館 ‖トショカン
普通件名:情報サービス ‖ジョウホウサービス
NDLC:UL11
NDC(8) :010
本文の言語コード:jpn: 日本語
書誌ID:000001876936

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2004年7月14日 (水)

葛野2004P黒の製作(5)DVD記録ドライブ

DVD記録装置:DVR−ABN8(I・Oデータ社)

記録型DVDドライブ:DVR−ABN8

 これ一台で、DVDとCDとの読み書きができる。前者が4.7GBで、後者が0.7GBの容量だから、ものすごい記憶量である。
 前者が映画一本、後者が音楽アルバム1時間程度、これが標準である。
 規格の乱立については、写真の解説で憤怒を書き散らしておいた。とはいうものの、DVDを使いこなすために、こういう装置を1万2千円もだして買ったのだから、腹を立てていてもしかたない。
 (それにしても安価になった。数年前は、DVDなんて高嶺の花、CDの読み書きだけでも3万円以上したからな)

 で、DVD規格はさすがに、よい記事がいくつかあった。それを紹介しておく。
 私の結論では、DVD+RWという規格が使いやすそうである。そういえば、なんか、マックもこのDVDメディアを買ったような(なんにも分からんままに使っても動くのがマックの良いところです)。それと「+RW」で、読み書きモード(メディアのフォーマット)をVRタイプにすると家電製品で映画が映る(なんか、あてにならないな)。
 なお、RとはRead(読込)、WとはWrite(書き込み)を意味する。RAMという規格は、私の購入したものでは使えないようである。

注記:RとWとの意味解釈について、梅翁から指摘があったのでコメントに付した(7月 19, 2004 05:14 午前)。結論から言うと、わたしがR/Wを古典的プログラミングでの習慣からRead、Writeと思いこんでいたのが、DVD世界のわかりにくさの一因であった。言語PascalではReWriteという、ファイル上書き指示があるが、このあたりの混同が私を混乱させた。RとはReadじゃなくて、Recordableであった。RWとは、Read/Writeじゃなくて、ReWritableであった。教養が邪魔をしたよき事例である(笑)。

参考サイト
  DVD講座
  DVDの規格

 

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2004年7月13日 (火)

2004年7月13(火)晴:梅翁の平安時代

 ちかごろ、国立(くにたち)の梅翁は私信が多い。数名の友達に送ってくださる。中に私も入っていて、くるたびに、めったに返事は書かないが、感心しきりである。
 HPとかblogはまだ梅翁のセンスには適合しないようで、もっぱら私信というのもおもしろい。
 なぜ私信なのかは問わないことにした。それよりも、ちらかし、散逸屋の私に私信などくださっても、数日で見つけられなくなる。それには惜しい内容が多くて、思案した。

 最近のもので、「平安時代」についての考えが私をとらえてはなさなくなった。
 散逸する前に、MuBlogにとどめおき、私も梅翁の指示を仰ごうと決めた。
 なんの指示かは抄出した私信に記してある。
 私は、都の辰巳(たつみ)、宇治は木幡にすまいし、日頃は西京極という京のハズレにて百石ていどの職を得ておるので、都に縁は深い。
 おりおりに、都を徘徊する機会もあるので、いつかは梅翁の望み通りになるであろう。

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2004年7月12日 (月)

2004年7月12日(月)曇:日本歴史占い

 占いなんぞに興味は全くない。と、おもっていたのだが。
 最近、卒業生で、とっても変わっていて、いまでもよく覚えている若者のblogをひょんなひょうしに見つけてしまった。よくあることだが、無口な人も頭のなかではCPUが活発に走っている証左として、とても面白く読んでいた。けれどコメントはさけた。見られているのを意識して、例によって硬直されると困る(笑)。[すさまじい秀才だったが、私が話しかけると、雰囲気的に吃音状態のイメージ[実際はそうではない。イメージ]になってしまうから、2年生から見かけていたが、通算して数時間も話していない]
 で、いろいろ覗いていたら、占いの記事があった。御本人は、誕生日の関係で「紫式部」だったようだ。で、なんだ占いか、とおもってそれでも読んでみると、抱腹絶倒の内容であった。つまり、甘さがない。徹底的にキツイ、厳しい占い結果なのであった。しかも、しかもですよ。その硬直秀才君が、なんと、かろやかに、その一々にご自身のコメントをかいておられて、それが実に味がある。その手際の良さにも感心しきり。

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四万アクセス達成

 さきほどみたところ、やっとのことで四万件アクセスにたどりついたようです。
 累計アクセス数: 40138
1日あたりの平均: 343.06

  一万件アクセス記事。
  二万件アクセス記事。
  三万件アクセス記事。

 三万件が2004年6月6日ですから、一万件アクセスに一ヶ月と一週間かかっています。ペースが落ちてきたというか、安定してきたと思っています。ちなみに、本日のフレーズ検索を記録しておきます。なんとなく、ダ・ヴィンチ・コードに押されておりますね。
 私もおもしろく読んだ本ですから、それでよいと思っております。

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2004年7月10日 (土)

2004/07/10(土)雨:三輪→菊池

落柿舎・去来・有智子(京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町)MSN地図
 今朝は午前三時頃に目覚めた。気になって保田與重郎の『方聞記』(新潮社、1975)をとりだした。保田が昭和40年代に京都新聞に掲載していたエッセイがある。当時切り抜いていたが、紺屋の白袴、散逸してしまった。「情報」を記録し整理しアクセスできるようにすることが私の仕事であり、研究課題であるはずなのに、うまくいったためしがない。だから、この場合一本になって残っているのは実にありがたい。

 なぜ保田を手にしたかというと、これはおまじないのようなものである。長年の習慣である。世俗で疲れ切ったり、思うことがあるとき、手にする。すると大抵はすっきりする。

 世俗とは、それを拒絶しているわけではない。
 大学の期末成績の片付けや、学内諸会議の整理や、日々の憤怒や、寄り合いの誘いや、同窓会の誘いで、メールや電話や会議が重なると、大抵呆然自失して、保田に手が伸びる。拒絶ではなくて、逃避とも言えようか。
 生きていることはそれなりの税金があり、大きな負担になる。
 吉凶なんであれ、情報の過多は私には毒のようだ。
 そういうとき、判断が鈍り、判断をしなくなり、痴呆じみてくる。もちろん、長く生きているから若い頃のように懊悩はしない。ただし、判断を停止するから、はたからは「プッツン」と思われているに相違ない。それでよいと思っている。
 中年までは世間に弁解もしてきたが、近頃は「すみません」「わかりません」の言葉すらはかなくなった。いわゆる「ケツをまくった」生き方に馴染んできたようだ。

 猫と金魚をぼんやりながめて時がすぎる。

 思うところとは、先頃筑波大学の原田勝先生が亡くなられた。59歳である。これからは、知古の死に出合うことがおおくなる時代となろう。「死」を思うのは、予定されていなかった「死」に直面したとき、ことのほか深くなる。無意識に、保田與重郎の檀一雄への弔辞を思い出していた。
「死とは何であったのか、檀一雄君」
 この保田の言葉を探して書架に手が伸びたのかも知れない。見付からなかった。

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2004年7月 8日 (木)

かんむてんのうりょう:桓武天皇陵

桓武天皇陵(京都市伏見区桃山町永井久太郎)MSN地図

桓武天皇陵参道案内石

 もとからこんな形の案内石だったのでしょうか。欠けたような、デザインを考えてのような、それが気になったのです。
 桓武天皇さんは、平安京の最初の方ですから超有名なかたです。岡崎の平安神宮の神さんになっておられます。ところがその御陵となると、京都の南、伏見城近くなのです。
 いまは明治天皇陵の傍だし、また御陵の前に立つと伏見城天守閣が間近に見られます。
 で、考えたのです。秀吉が伏見城をつくるずっと以前に、このあたりはどんな様子だったのかという夢想です。
 調べればわかることだし、少しは図書を見るべきなのですが、なにもしない前に夢想するのは楽しいです。
 今から1200年以上も昔、都を開いた天皇さんが、南の方の伏見にお墓を持っておられる。
 ああ、一つ思い出しました。
 昭和期までは巨椋池(おぐらいけ)が南部にありました。御陵はその宇治川をはさんで北の境界あたりになるでしょうか。

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2004年7月 6日 (火)

葛野2004P黒の製作(4)マザーボード(MB)

マザーボード(MSI社)865GMS-FIS

865GM3-FIS(MSI MicroATXマザーボード)

 マザーボードの選択は、CPUとペアなので、迷いがあるようなないような。ただし規格をマイクロATXという小振りにすると当初から決めていた。この程度の小ささなら、CPUには変化がない。あまりに小さなMBだと、CPU自体が特殊なものになってくる。
 条件としては、じゃまくさいので可能なかぎり周辺装置がセットしてあるもの、だった。ビデオ(VGA)、IEEE1394を目安にした。前者は本式にするなら別途ボードが必要だが、それは数万円もする。後者は別途購入しても数千円だが、なんとなくじゃまなので組み込み済みのMBを捜したわけである。IEEE1394があると、ディジタルビデオから直接動画を取り込むことができる。
 わすれていました。今回からは、ハードディスクをSerialATAという規格にしたので、それがうけいれられるものを捜した。当然、あれこれ要求がきつくなると、MBも限られてくる。結局、MSI社のMBがあり、実は購入当日これ一枚、展示品としてあった。(ラップはかけられていた)

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2004年7月 5日 (月)

情報図書館学・科学情報:科学情報論序説/原田勝

By NDL-OPAC Z21-2

科学情報論序説--科学の社会システムと科学情報/原田勝
  =The Role of Scientific Information in the Social System of Science/Masaru Harada

  Library and information science
  三田図書館・情報学会 / 三田図書館・情報学会 編
  (通号 13) [1975.10]
  pp233~246
著者注記 原田、勝(1944-2004)∥ハラダ、マサル
ISSN 0373-4447
雑誌記事ID 2637100

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2004年7月 4日 (日)

情報図書館学・計量書誌学:ビブリオメトリクスの方法とその応用/原田勝

By NDL-OPAC Z21-2

ビブリオメトリクスの方法とその応用/原田勝
  =Bibliometrics: Methods and Applications/Masaru Harada

  Library and information science
  三田図書館・情報学会 / 三田図書館・情報学会 編
  (通号 12) [1974.10.00]
  pp109~141
著者注記 原田、勝(1944-2004)∥ハラダ、マサル
ISSN 0373-4447
雑誌記事ID 282198300

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2004年7月 3日 (土)

別府・APUの原田勝教授

APU:立命館アジア太平洋大学(大分県別府市大字内竈)マピオンBB地図

別府温泉の原田勝教授

 この視察会は、電子図書館研究会の専門部会の集まりでした。「長尾博士のノート」で紹介しましたが、電子図書館研究会の中核はほぼ1999年の有馬合宿で終了しました。それまで座長だった長尾真先生が京都大学総長になられて、大番頭だった原田勝先生が、専門部会(レファレンスサービスの自動化)の座長になられたわけです。
 電子図書館研究会については後日、まとめていきますが、年に一度程度は合宿を行っておりました。
 このころ京都の立命館大学が大分県別府市にAPUをつくりまして、その関係者であるゴウバさんのご厚意で、我々一同別府の山奥に集まったわけです。
 原田先生は、米国であれ、欧州であれ、そして日本であれ、こういう視察合宿には相当にタフでした。精神力だけでなく、体力もあったようです。おそらく私の数倍は、ありとあらゆることを、眼力深く吸収されておられました。

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2004年7月 2日 (金)

葛野2004P黒の製作(3)メモリー

512MBx2で、1GBメインメモリ

メモリー

 メモリの種類で迷ったことはなかった。マザーボードを決定するとほぼ自動的に、どのようなメモリモジュールを必要とするかも、決まってしまうからである。そうでないと、ソケットが異なるから差し込めなくなる。

 ただし、一流メーカーの純正品であるとか、無印でもよいとか、CLの値を多少迷うくらいである。
 CLとは、CASレイテンシと言って、CL3ならば、命令発効と実際のデータ転送とがCPUのクロックサイクルで3サイクル遅延する。
 マザーボードは後日掲載するが、このマザーボードを制御するチップの性格によって、メモリモジュールの規格が大体決定する。

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2004/07/01(木)曇:訃報・原田勝教授

 原田勝先生の訃報があった。
 急逝である。
 謹んで冥福を祈る。

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