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2004年7月24日 (土)

2004年7月24(土)晴:夏の夜

 木幡研の机上で、MuBlogを開いてみたら、今日はまだ記事を記していなかった。
 掲載したいと以前から考えていたものは一週間分程度あるのだが、ふとした拍子に書きづらくなった。
 要は身内からわき上がるような、そうしてオリジナルな、そんな記事は書けないと思ったからだ。
 とりたてて小説のことを考えているのではなくて、批評とかエッセイとか、そして写真解説とか、そういうもので私独自のものを記すのは至難の業だと思った瞬間、キーボードに向かうのが辛くなった。

 いろいろな過去の記録や図書や写真や、現代のネットワーク情報や、そういうもの総ての中に、今の自分が溶け込んでいるのであって、自分と世界とを切り離し、自分が一人立ってなにか独自のものを書くのは困難なのだろう。

 ただ、どんなことでも初心とは薄らいでいくものだ。
 新たな初心を見つけるのか、それともこれまでの至らなさを改良するのか、それとも革命的に方法を変えていくのか、どれが最適なのか分からない。

 つらつら思うに、なにかをなしていくというのは、こういった、もろもろの自分自身への疑心暗鬼を味わい、投げたり、休んだり、やりとげたりするのだろう。

 明朝、起床時に、MuBlogの方法を考えてみよう。
 結論は、なかば出ているのだが、朝の清明な心でもう一度考えてみる。

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