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2004年6月25日 (金)

さいとばるこうこはくぶつかん:西都原考古博物館

西都原考古博物館(宮崎県西都市大字三宅5670番)マピオンBB地図

 サイト:宮崎県立西都原考古博物館

 この春四月に新聞で、九州にすごい博物館ができたと読んだのです。考古博物館なので興味は持ったわけですが、宮崎県というのは京都に住む者にしてみれば、なんともうしますか、地の果て、に思えてしまって(ご当地の方、お怒りにならぬように。そちらから見れば、京都の宇治なんて、それこそ極北の果地にみえるであろうという、相対的視野はもっております。まあ、カンサイジーンのなんというか、前口上ですわな)、おそらく生涯足を踏み入れることもなかろうと、諦めて放念したわけです。
 ところが、この六月でしたか、九州北部の卒業生と音信があって、話題が鹿児島、宮崎に及びまして、またぞろ思い出したわけです。同じ九州でも、北九州博多や小倉の人だと、熊本や、宮崎や、鹿児島には、別天地のような想いを味わうらしくて、小中学校時代の旅行話をなつかしく語っておられたのに、感動したしだいです。
 因果はめぐる。
 ようするに、私はまた「西都原考古博物館」を思い出してしまったのです。
 (『4000年のアリバイ回廊/柄刀一 』(光文社文庫)の影響もあります)

 今朝とつぜん桜島の噴煙が眼裏をよぎり、宮崎の日南海岸の蒼が網膜を一色にそめた。
 そう、本日は事情もかさなりMuBlogを休講にしようと思ったのですが、ついには博物館西都(サイト)をのぞいてしまった。
 そこに、なんとも言いようのない、素晴らしい考古博物館記事をみてしまった。
 この未踏地記事に録さざるをえなくなった。

 施設概要を御覧になってください。古墳群のどまんなかじゃないですか。鬼の窟なんて、しゃれた名前がそそりまする。ここらあたりには、某書で読んだ、唯ひとつの、出雲型方形古墳があるんじゃなかろうか。

 講座案内を御覧になってください。土器造り体験から勾玉まで、あらゆる古代人経験ができそうですね。

 ともかく、行ってみたい博物館です。
 しかし、出不精、資金不足のわたしは、西都原を夢にみたまま木幡の地に埋もれることでしょう。前方後円墳の奥深く。

重い追伸コラム欄、ぜひみなさん、読んでください。「右であれ、左であれ、わが祖国」(←考古学に置き換えて、相当に意訳してください)という、博物館運営に関する熱い想いが伝わってきます。

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地図の蠱惑:未踏地」カテゴリの記事

コメント

 「消し去ることのできない過去を潤色なく理解する」

 「現代社会を規定する大きな礎を再確認する旅」

 こういう考古学に対する視点は、初めてですね。「潤色なく」というところが、またスゴイ。

 自分も過去をたどれば、人生に対する考え方を左右した3人の人との出会いがある。
 一人は高校時代の英語の先生、一人は漱石、一人は初めての職場での上司。
 3人に共通するのは、やはり「生きるか死ぬか」の問題を真面目に語ってくれたこと。多感な若い頃に、この3人に出会っていなかったら、自分の生き方・考え方はもっと違ったものになっていたろう。
 今、おもしろければいい、新しければいいという風潮の中で、自己を再確認する古代への旅にでてもいいのではないか、と思いました。 

投稿: wd | 2004年6月25日 (金) 12時50分

西都原古墳群に考古博物館が出来たんですね。博物館の考え方は全く同意できますね。北郷泰道さんという人は素晴らしい人のように感じました。やはり、人なんですね~~魂の入った博物館、生きてる博物館という気がしますね。これは、機会を作り是非訪問したいと思いますし、北郷さんに是非お会いしたと思いますね。
祖母・傾(かたぶき)の山を縦走した事がありますが、西都原古墳群については何時も気になっていました。
宮崎は大昔に新婚旅行で訪問した場所で、高千穂にも行き、川を小船で洞窟見学とかしました。懐かしいですね。

投稿: jo | 2004年6月25日 (金) 13時41分

wdさん
「多感な若い頃」
 これ大事ですね。けれど、運不運もある。
 結局、磁石でしょうか。
 博物館のことをいつもずっと考えています。すると、向こうから近づいてきたり、ぼんやり歩いていると眼前に出くわす。
 図書もそうですね。店先や図書館で、眼前に飛び込んでくる本が時にあります。
 あと、博多のあたりに、東博、京博、奈博以上の博物館ができたのか、できるのか。これも、後日掲載します。

投稿: Mu | 2004年6月25日 (金) 14時17分

joさん
 すごい博物館ですね。
 火の国、九州が生き生きしてきました。
 陵墓参照地が、地図にあるでしょう。
 一体だれを想定しているのかな。
 日向三代のどなたかでしょうか。
 にしても、joさんは全国、世界を歩く権限がありそうで、よいなぁ。私、臨時秘書になりたいですよ。

投稿: Mu | 2004年6月25日 (金) 14時21分

隼人は不思議です。日向三代(ホノニニギ、ホホデミ、ウガヤフキアエズ)の神話は隼人の神話ではないかとも、言われていますね。
ウガヤフキアエズは神武天皇のお父さんですね。
海の幸、山の幸の神話は日向の海部族が屈服した話だとも言われているので、神武東征神話の鍵がこのあたりにありそうですね。
ただ、西都原古墳群は4世紀~7世紀の前方後円墳が多いので、歴史がさがりますね。
とにかく、北九州の勢力が隼人を従え、瀬戸内海を東に進路をとり
吉備のあたりで、勢力を拡大して最後に大和に侵入したんでしょうか?

投稿: jo | 2004年6月25日 (金) 22時17分

joさん
 隼人ですか。
 熊本南部と鹿児島北部の県境あたりがクマソとか隼人さんなんですかな。
 日向と隼人とか。
 じつは、あのあたりのこと良くわからんのです。
 現地をあるいて、歴史を勉強しないと、自信がなくて何にもいえません。
 ただ。出雲と日向とが直結する話は最近読んで、驚愕しておりました、とさ。

投稿: Mu | 2004年6月26日 (土) 06時19分

そうですね、私も日南海岸は新婚旅行やさかい、詳しくない。
隼人は興味あるので、現地を視察しましょう。
昔から天皇さんをお守りする武人は隼人が多いですね。動物の鳴き声を真似るのがうまいそうやね。

投稿: jo | 2004年6月26日 (土) 09時36分

JOさん
 昨夜寝しなに、数年間おいておいた黒岩さんのヤマトタケルの最終巻を読んでいた。
 タケルは千葉県や埼玉県で、目の青い人や、あるいはタケルが九州で出会ったクマソや隼人に似た武人に出会った、と描かれていた。
(数年間も最終巻を置いておいたのは、最後を読みたくないからです。)

投稿: Mu | 2004年6月26日 (土) 12時59分

隼人荘というのは、日本各地にあるそうですよ。八幡の近くにもあると、考古学者の森さんが書いていました。大隈隼人だそうですけど。
海部族とも関係が深いかもしれませんよ。今後、色々調べてみます。所で、鹿児島とか奄美大島の人は顔が丸くて、ずんぐりしてますよね。

投稿: jo | 2004年6月26日 (土) 20時06分

joさん
 けれど、カンサイジーンにも、丸顔でずんぐりした人は多いですよ。GeeBeeみたいに強い馬力と、アクロバットが上手かもしれない。

投稿: Mu | 2004年6月27日 (日) 21時10分

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