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2004年6月30日 (水)

葛野2004P黒の製作(2)CPU

CPUはINTEL Pentium4 2.8C-Ghz (478pin) Retail

CPU

 CPUは迷いに迷って、件の「INTEL Pentium4 2.8C」にした。処理速度も、処理能力も、価格もすべてが中庸であった。親指と人差し指で四角を造って、その大きさで厚さが数ミリ。価格が二万円以下。これが現代のCPU状況である。
 2.8Cという記号にミソがある。Bだと古すぎる。DとかEだと、新しすぎていろいろ悶着がおこる。つまり、CだとNorthwoodという名称の基本性格を持ち、最新の技術が込められている。一つのCPU(頭脳)が、二つあるような振る舞いをする。これをインテル社はHTテクノロジーと言っている(ハイパー・スレッディング・テクノロジー)。これがCには付いている。
 
 以前、プレスコット・コア(つまり、Northwoodコアの次)について随分悩んだ。だが、当日は悩まなかった。
1.店員さんが、小さい箱(mATX)なら、高熱を出すプレスコットよりも、従来のNorthwoodがよろしいな。と言った。
2.購入した日が、2004年6月19日だったが、この日は全く新しいCPUやMBが発売開始された日だった。
 ピンの数が478本から、たしか775本に代わり、その上従来はCPU側にピンがあったが、今度はMBのソケットにピンがあるタイプ(オス・メス逆転)が発売された、まさに当日だった。

 特に2がこたえた。同じプレスコット・コアだが、形状は全く異なるCPUに変化する真っ最中だったのだ。
 それで、中途半端な高熱屋の478ピン・プレスコットCPUは止めた。

 ところが後日談。数日前のニュース記事を見ていたら、次の告知があった。
 文中の、LGA775というのが新しいCPUのピン配置(つまりはソケット形式)である。


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つばいおおつかやま:椿井大塚山古墳

椿井大塚山古墳(京都府相楽郡山城町大字椿井)MSN地図
 山城町というのは、京都府の南部です。こういう場所を未踏地とするのは、とても辛いのですが、この椿井大塚山古墳は行っておりません。木幡研究所からは車で40分程度の近さです。
 三角縁神獣鏡で有名な古墳、そして京都府では五本の指に入る大型前方後円墳です。165m~170mはあるのですが、最大の特徴は後円部をJR奈良線が分断し、突っ切っていることでしょうか。これには歴史があるようですが、今回は正確な記事を載せることができませんでした。
  詳しい地理や、写真などは後日のこととして、今日はいくつかのサイトを紹介します。


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2004年6月27日 (日)

2004/06/27(日)雨:芹澤鴨

 さきほど、京都壬生八木家座敷で、水戸浪士・芹澤鴨が粛清された。
 文久三年九月十八夜半だったらしい。
 佐藤浩市はよい役者だと思った。
 三国連太郎さんに、だんだん妖しさが近づいてきた。
 嵐山にあのような小綺麗な料亭があったのだろうか。
 私は、せいぜいお蕎麦屋さんと湯豆腐屋さんくらいしか行ったことがない。
 知らない世界がまだ一杯ありそうだ。

 土方、山南、沖田、原田。
 刺客四名。
 芹澤らの冥福を祈る。

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2004年6月26日 (土)

きゅうしゅうこくりつはくぶつかん:九州国立博物館(仮称)

九州国立博物館(仮称)(福岡県太宰府市石坂)マピオンBB地図

 今年(2004年4月)に建物が完成し、それを新聞で見ました。そうして、開館は2005年の秋のようです。まだまだですね。
 ここは太宰府ですから、すでに2度は訪れています。三度目の正直と申しますから、来年、再来年、今月今夜の月が見られる限り、ある朝突然授業休講連絡をして、新幹線に乗って行くかも知れません(我が身のことは吾にもようわからない)。

 参考記事を読む限り、いろいろな想いは交錯するのですが、どんな場合にも、体験して未踏地から「地図の風景」に変えないと、次にすすまない。
 とくに、好太王碑文の調査も博物館としてなさるとか、壮挙快挙でもあり、難しさに冷や汗がでる。しかし、博物館は、これまでの姿ではやっていけない状況は、理解できてきた。どんな悶着があったとしても、なすべきことはなせねばならぬ、という姿勢は大切なんだろう。

 そうそう、一番の驚きは場所でした。私はてっきり博多とおもっておりました。太宰府ですと。ああ、太宰府政庁のあたりも土地が一杯ありましたが、それにしても、菅原道真と直結する、すなわち北野天満宮と600キロほど離れた太宰府天満宮横に造られるとは、見上げたど根性だと思いました。涙がでるじゃないですか。
 天満宮から動く遊歩道ができたようです。

 余談ながら、昨日今朝と、インターネットのありがたみをじっくり味わいました。西都原考古博物館も太宰府も、なにかしら上等な博物館ができるという曖昧模糊とした情報だけをたよりに、きっちり読み直すことができたのですから。

参考サイト
  特集:みんなでつくろう九州国立博物館
  九州国立博物館(仮称)設立準備室
  九州国立博物館を支援する会公式ホームページ

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2004年6月25日 (金)

さいとばるこうこはくぶつかん:西都原考古博物館

西都原考古博物館(宮崎県西都市大字三宅5670番)マピオンBB地図

 サイト:宮崎県立西都原考古博物館

 この春四月に新聞で、九州にすごい博物館ができたと読んだのです。考古博物館なので興味は持ったわけですが、宮崎県というのは京都に住む者にしてみれば、なんともうしますか、地の果て、に思えてしまって(ご当地の方、お怒りにならぬように。そちらから見れば、京都の宇治なんて、それこそ極北の果地にみえるであろうという、相対的視野はもっております。まあ、カンサイジーンのなんというか、前口上ですわな)、おそらく生涯足を踏み入れることもなかろうと、諦めて放念したわけです。
 ところが、この六月でしたか、九州北部の卒業生と音信があって、話題が鹿児島、宮崎に及びまして、またぞろ思い出したわけです。同じ九州でも、北九州博多や小倉の人だと、熊本や、宮崎や、鹿児島には、別天地のような想いを味わうらしくて、小中学校時代の旅行話をなつかしく語っておられたのに、感動したしだいです。
 因果はめぐる。
 ようするに、私はまた「西都原考古博物館」を思い出してしまったのです。
 (『4000年のアリバイ回廊/柄刀一 』(光文社文庫)の影響もあります)

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2004年6月24日 (木)

葛野2004P黒の製作(1)ハードディスク

最初にハードディスク(HD)を選んだ弁

ハードディスク

 パーソナルコンピュータを自作するのに、ハードディスクを最初に考えるのは外道というか邪道かもしれない。
 しかし趣味の世界はとてつもなくねじ曲がった所も多くあって、たとえばラジコン模型飛行機は落ちる、大破するというのが当たり前の世界でもある。現実に飛行機が着陸できずに墜ちてばかりいたら成り立たない。だが、趣味の世界では、墜ちてなんぼのところもある。墜ちてこそ、飛ぶ瀬もある(新陰流祖上泉信綱さんがそうもうしたかどうか)。


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2004年6月23日 (水)

葛野2004P黒の製作(0)ケース

ケイスは黒の鉄板製(マイクロATX規格)

ケイス(未装備)鉄板

 今年の年一自作マシン(年に一度しか造らないの意味)は黒の鉄板でかためた。一昨年2002は、別途予算がでたのでmATX規格・アルミの上等なのにし、さらにその前も、アルミのATX規格にした。後者2001年版は現在葛野図書倶楽部2001に払い下げられている。

 鉄板は、アルミ製にくらべて放熱効果が低いといわれる。
 最近のアルミ製はデザインも斬新である。
 鉄板はいいとこなさそうだが、安い。3割から5割の価格である。
 今回は、電源が別途あったので、正味4千円程度ですんだ。

 なお、デザインもさることながら、大きさの規格が最初の選択肢である。以前はATXが主流だったが、徐々に小さなmATX(マイクロATX)に移っている。これはマザーボードの大きさと関連する。
 メーカー製のデスクトップは、ほとんどmATX規格の大きさと思えばよかろう。

 とはいうものの、同じ規格でも幅は大きく異なる。私はハードディスクを一杯ため込みたいので、正面横幅があって、3.5インチHDを3台は格納できることを確認して選んだ。同じ規格でもブックタイプだと、増設が一切むりなものもある。その点スリムだが。
 選んだ鉄板製のは、ファンが横に付いていて、風洞まであった。ちょっとみぬまに世間の流れが変わっていた次第。

自己参照記事:2004年4月25(日)晴:パソコン自作の準備

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2004年6月22日 (火)

日本・文学・小説:終戦のローレライ/福井晴敏

終戦のローレライ/福井晴敏[著]

終戦のローレライ/福井晴敏

  =Lorelei, das Lied zum Ende des Krieges
  東京:講談社、2002.12
  2冊[453+597];20cm
  定価:(上)1700円、(下)1900円
  ISBN:406211528X (上)
  ISBN:4062115298 (下)
  著者標目:福井、 晴敏(1968-) 〔フクイ、 ハルトシ〕
  分類:NDC9:913.6  

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2004年6月21日 (月)

日本・文学・小説:ミステリ・オペラ/山田正紀

ミステリ・オペラ:宿命城殺人事件/山田正紀[著]

ミステリ・オペラ:宿命城殺人事件/山田正紀

  東京:早川書房、2001.4
  682p;20cm
  (ハヤカワ・ミステリワールド)
  定価:2300円
  ISBN:4152083441
  著者標目: 山田、正紀(1950-) 〔ヤマダ、マサキ〕
  分類:NDC9:913.6

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2004年6月19日 (土)

日本・文学・小説:グランド・ミステリー/奥泉光

グランド・ミステリー/奥泉光[著]

グランド・ミステリー/奥泉光

  =Grand Mystery
  東京:角川書店、1998.3
  585p;20cm
  定価:2400円
  ISBN:4048730894
  注記:参考文献あり
  著者標目:奥泉、光 〔オクイズミ、ヒカル〕
  分類: NDC9:913.6

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2004年6月18日 (金)

日本・文学・小説:死の泉/皆川博子

死の泉/皆川博子[著]

死の泉/皆川博子

  東京:早川書房、1997.10
  435p;20cm
  ISBN:4152081147
  (ハヤカワ・ミステリワールド)
  定価: 2000円
  注記:参考・引用文献 pp434-435
  注記:手元本には、1998.1.20付けで7版とあるが、これは7刷であろう。
  著者標目: 皆川、博子(1930-) 〔ミナガワ、 ヒロコ〕
  分類:NDC9:913.6

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2004年6月17日 (木)

うじし・しょくぶつこうえん(下):宇治市植物公園(下)

宇治市植物公園(宇治市広野町)MSN地図

水の花

 宇治の植物園サイトを見ていたら、6月から7月にかけての見頃の花は、アジサイ、ヘメロカリス、そしてハナハス、ムクゲのようです。
 同サイトには、見頃の花が写真入りで展示してあるので、花の名前が分からないときは、見つけて安心できます。
 ところが、あいかわらず私が気になって撮した花は、わかりません。
 それでよいと思います。
 昨日何度目かにみた『薔薇の名前』(映画:ショーンコネリー主演)と同じく、「私は彼女の名を、知らない」でよいでしょう。
 なお次の写真に行く前に、この植物公園にはハーブが沢山あったことをメモっておきます。

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2004年6月16日 (水)

黄金の茶室:伏見桃山城内

黄金の茶室:伏見桃山城内

伏見桃山城内黄金の茶室
 伏見桃山城は気晴らしに何度も行っていたのですが、ある年から、黄金の茶室がありました。いつから茶室があったのか、全く覚えていません。
 インターネットや百科事典で見てみると、三畳敷のようです。秀吉のことを本格的に調べたことがないので、この「黄金の茶室」については、正確なことがわからず、写真掲載を随分迷いました。
 組み立て式で、千利休は、わび茶の精神に基づいて二畳敷の茶室を造ったが、秀吉は豪華な黄金の茶室を三畳で造った。その対比が、興味をそそりました。
 この写真は、何度か行った伏見桃山城の観光みやげとして、御覧下さい。

参考サイト
   京都伏見桃山城:甦った幻の空間・黄金の茶室
   MOA美術館が再現したもの
   QuickTimeVRによる黄金の茶室[現代の金沢箔による再現です]
  

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2004年6月15日 (火)

ふしみももやまじょう:伏見桃山城

伏見桃山城(京都市伏見区桃山町大蔵)MSN地図[詳細]、マピオンBB地図[周辺全体]

伏見桃山城高札
 現在(2004年6月)伏見桃山城は閉鎖されている。昨年末から入れない。昨年は、すぐに壊すという噂もあって胸がいたんだ。
 これは言葉のあやではなくて、このお城は奈良・三輪・明日香へ行き来する折、疲れ切って帰ってきたときに遠望できる城だからだ。お城が遙かに見えるというのは、心理的な効果が計り知れない。陸の燈台というおもむきがある。
 会津白虎隊が城の落ちたと誤認して、自刃していった気持が分かる。伏見桃山城に炎が見えたなら、張りつめた気持がぽきりと折れてもおかしくない。
 
 高札内容は写真の説明に録しておいた。
 それによると、この別名「伏見山城」は秀吉が築城し、関ヶ原の合戦で火災に遭い(家康麾下鳥居元忠自刃)、徳川によって一旦修復されたが、家光時代に破壊されたようだ。現在の城は昭和39年のものである。ただし、本来の天守の位置は明治天皇陵のあるところで、現代城は西北にシフトしている。


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2004年6月14日 (月)

月曜休筆

 本日、月曜休筆します。

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2004年6月13日 (日)

りょうぜんじょう:霊山城跡

霊山城跡(京都市東山区清閑寺霊山町)マピオンBB地図、MSN地図[いずれも推定]

 東山(京都市内)に、足利義輝(13代室町幕府将軍)が築いた山城の話である。京都にも、お城が一杯あったんだ。

1.以前『京都・魔界マップ(洋泉社)』1999.6 を入手した。
 その中の「中世の山城/今谷明 他」で、京都の嵐山に城があったという惹句におもわず引き込まれた。京都の城といえば、二条城と伏見城くらいしか知らなかったから、好奇心がもたげた。しかし嵐山以外にも、東山霊山にも山城があった、という内容は長らく忘れていた。

2.昨夜MuBlogにコメントがあった。
 「羊」という方が、京都霊山観音の裏山で伊藤博文碑文を見たと、書かれたのを読んだ。不思議なのは、なぜそれが森博嗣さんの記事に付いたか(笑)[これはMuBlogの性格であり、一般に記事とコメントは、Mu自身まったく関係付けないことが多い]。さらに以下の引用のように、そんな山奥へ、お嬢さん、あぶないよう、という疑問(笑)。

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2004年6月12日 (土)

ほづがわくだり:保津川下り

保津峡(京都市右京区嵯峨亀山町)マピオンBB地図

保津川下り
 急流を舟で乗り切っていく、このイメージは冒険心をわかせます。といっても、私が地元の亀岡→嵐山ラインの舟に乗ったのは20世紀も末でした。幼稚園に行く前に、事情で一時期嵐山の天竜寺・茲済院に住んでいた頃から「保津川下り」はあったはずなのに、随分時をやりすごしてしまいました。
 その間に岐阜県の犬山のあたりに、上流から船でおりてきた経験はありましたが。

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2004年6月11日 (金)

ようげんいん:養源院

養源院(京都市東山区三十三間堂廻り町)マピオンBB地図

養源院高札
 養源院の由緒格式を知っていて訪れたわけではなかったのです。20世紀末のある日の午後、思い立ってカメラを持って京阪電車に乗って、いっとき暗くなって、すぐに京阪七条で地上に上がったのでした。

(京阪電車は、七条駅の前で地下になり、そのまま五条、四条、三条、丸太町、出町柳と終点まで地下鉄です)

 せっかく宇治市に住んで、京都市に職場を持っているのだから、もっと積極的に町中を歩けばよさそうなものですが、休日休暇日になると決まって横臥読書になってしまいます。だから養源院を訪れたこの日は特例だったと申せましょう。
 カメラを持って電車に乗った珍しい日だったのです。
 えてして、そういう時に宝物に出合うわけでして、見知った三十三間堂を何度か往復して足腰を鍛えた後、もう少し歩こうかと外に出て、不意に未知の道を見つけて迷い込んだのです。

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2004年6月10日 (木)

日本・文学・小説:旅涯の地/坂東真砂子

By NDL-OPAC KH77-G102

旅涯の地/坂東眞砂子
 旅涯ての地/坂東眞砂子〔著〕
   =Dove un viaggio termina

   東京:角川書店、1998.10
   556p ; 20cm
   ISBN 4-04-873114-9
   定価 1900円

全国書誌番号 99038277
個人著者標目 坂東, 真砂子 (1958-) ‖バンドウ,マサコ
NDLC KH77
NDC(9) 913.6
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000002734369

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2004年6月 9日 (水)

三万アクセス達成

 けさみたら、30024アクセスになっておりました。
 最近は伸び悩みだったんですが、それでも2万アクセスが5月15日だったから、一万件アクセスに一ヶ月を切りました。
 ただ、傾向としては減少を感じています。
 それでよいはずです。
 つまり、ますます記事内容は、気むずかしくなりそうなんです?
 今期は「ダ・ヴィンチ・コード」がカウンターアップしたようです。これは特例にすぎませんね。
 それと、mublogというコードも頻出してきました。
 これは、卒業生達が小耳にはさんだせいかもしれませんね。
 卑弥呼、古代史が激減です。
 森博嗣は、あいかわらず強いですね。
 だんだん、競輪競馬の予想屋口調になってきたんで、これまで。

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2004年6月 8日 (火)

米国・美学・研究:われ、また、アルカディアにありき/エルヴィン・パノフスキー

われ、また、アルカディアにありき;プッサンと哀歌の伝統/E.パノフスキー著、土岐恒二訳

 祖先:伝統と現代/篠田一士編・解説

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2004年6月 7日 (月)

日本・文学・研究:古事記研究/西郷信綱

By NDL-OPAC KG25-6

古事記研究/西郷信綱著
  東京:未来社、1973
  305,14p 図 ; 22cm
  定価:1500円

全国書誌番号 73020937
個人著者標目 西郷, 信綱 (1916-) ‖サイゴウ,ノブツナ
統一タイトル件名 古事記 ‖コジキ
NDLC KG25
NDLC GB193
NDC(6) 210.3

 //以下NIIの復刻版情報より。
  分類:NDC9:913.2, NDLC:KG25
  件名:NDLSH:古事記(L)
 ]
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000001229902

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2004年6月 6日 (日)

MuDB2004-2004/06/06ed

 この記事は、MuDB2004-2004/06/06edのための、コメント固定記事です。
 新しいMuDB2004を、お使いになって疑問点や要望があれば、コメントを下さい。

 夏期予定の次期ヴァージョンは、記事とコメントとを統合したり、印刷に適したリスト形式などのサービスを予定しております。

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2004/06/06(日)雨 雨後の竹の子blog

おひさしぶりです、みなさん。

 結局木幡で一週間ねたっきりだったぜ、ベイビー(笑~)
 足腰たたなくなってよう~。
 Blogだけが、頼りになっちまったぜ。

 おいら、明日からまた娑婆にでてよぉ。
 若い、むすめっこらによう、blogおせてな、
 爺さん達の、くっだらねぇ、会議に顔をだすのさ。


 と、夢のなかでつぶやいたセリフでしたが、そろそろ元気になってきました。
 雨の日曜の朝は、とても気分がよくて、起きあがって、マシンに触れたら甦りましたよ。

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2004年6月 5日 (土)

ダヴィンチコードとキリスト密教史

 ダン・ブラウンの 『ダ・ヴィンチ・コード』を読んでしまった。
 角川書店お得意の洋物だった。
 事情で数日間横臥している間に、昨日(2004/06/04金)午後から読書できるほどに快癒し、結局読んでしまった。罪深いことである。合掌。

 さて読書余香だが。
 キリストに関して、さっきから私の過去を調べて自己言及リンクを調整していたら、また疲れてきたので、書評にもならない感想を記しておく。

0.秀、A+、おもしろい。

1.殺されたルーブル美術館館長で、ヒロインの祖父ソニエールという名前は、フランス南西部「レンヌ=ル=シャトー」聖杯ミステリの主人公ソニエール神父(1852-1917)と同名である。この件は下巻解説で荒俣宏も言及している。
 以下に『イエスの墓』からソニエール神父のことを引用する。

ソニエールが33歳(1885)の頃に「祭壇を支えている古い支柱から祭壇石を取り外した際、木の筒に入ったさまざまな文書が見付かったのだ。」
「ソニエール神父の財政状態は激変した。四枚あったといわれる古い文書の発見に引き続いて、いろいろなできごとが起こり……この新任司祭は、巨万の富と豪奢な生活を手に入れ……」『イエスの墓/リチャード・アンドルーズ他』NHK出版、1999.3、より

 作者ダン・ブラウンは、「レンヌ=ル=シャトー」に言及していないが、「ダヴィンチコード」は補足説明以上の新解釈である。

2.レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画『最後の晩餐』は作中重要な働きを持つ。下巻には美麗な口絵もある。ネットで捜したら「絵葉書美術館」というのがあったので、絵葉書を引用しておく。
 この絵のこの部分に、読後覚えている(私は次々と忘れる)5つの謎のうち、4つまでが隠されている。この雰囲気は、以前瀬名秀明さんの『ブレイン・ヴァレー』で絵画を観ながら味わったのと同じものである。しかし作者に云われてみないと、まったく気が付かない。人は見たいものだけを観るようである。何度か激しく云われてやっと「ウワァー、そ、そうだったのか!」と気付く。私は、ダン・ブラウンは作中ラングドン教授と同じく、本当に「宗教象徴学者」なんだと思った。

3.この作品は、犯人Xと、宝物Yと、ふたつのX、Yを解かないといけない。「謎解き」については思うことあったが、まず、Xがだれかはダン・ブラウンの過去パターンを知らないと、直前まで分からないだろう。Yについては驚天動地の宇佐八幡宮、これは高木彬光世界である。(注:「邪馬台国の秘密」角川文庫、参照のこと)

4.ヨーロッパのキリスト密教史にすっきりと柱が立った。部外者にはキリスト顕教史と、裏にある様々な事情がバラバラになっていて、分からなかった。岩清水さやかなヤマトの国からみれば、「異教徒」のことは分からないものだ。

5.巻頭の「事実」告知には、いまだに信じられない思いがする。「シオン修道会は、……ヨーロッパの秘密結社であり、実在する組織である。」まではよい。「オプス・デイは、きわめて敬虔なカトリックの一派だが、洗脳や強制的勧誘、」になると分からなくなり、ニューヨーク市のレキシントン・アヴェニュー243番地の本部ビルと出てくると、おお、である。極みは「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている。」とすると、オプス・デイのアリンガローサ司教モデルは……

6.ルーブル美術館が一つの舞台にもなっている。公式サイトの日本語版があるので参考にリンクしておく。

*.疲れたので、これくらいにする。気が付いたら、また付加しておく。

 以下に、キリスト密教史に関する私の感想をまとめておく。実は、参考図書や参考小説は、思い返せば、卑弥呼ほどではないが、いろいろ入手してきた。そのうちの数冊と、分かりやすいサイトを記しておいた。

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米国・文学・小説:ダ・ヴィンチ・コード/ダン・ブラウン

By webKADOKAWA

ダ・ヴィンチ・コード/ダン・ブラウン著、越前敏弥訳、
  角川書店装丁室装幀
  The Da Vinci code : a novel / Dan Brown.
  東京:角川書店、2004.5
  2冊上下;
  上巻: ISBN 4-04-791474-6-C0097 1890円
  下巻: ISBN 4-04-791475-4-C0097 1890円

内容上: ルーヴル美術館長が死体で発見される。その夜館長と会う約束になっていたハーヴァード大教授ラングドンは、警察より捜査協力を求められた。その死体は、ダ・ヴィンチの最も有名な素描を模した形で横たわっていた……
内容下: 暗号解読官でもある館長の孫娘は、一目で祖父が自分だけにわかる暗号を残したことに気付く。ラングドンと二人でダ・ヴィンチが絵に描きこんだ暗号を解き進むうちに、キリスト教の闇の歴史が浮かび上がる……

  口絵:下巻にレオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
    (1495~1497年)あり。
    Milano: Chiesa di Santa Maria delle Grazie
    (World Photo Service.LTD>)
  解説:荒俣宏
    「聖杯伝説」への新たなアプローチ
    中世とはどういう時代だったのか
    古い物語の真実が求められている
   (「レックス・ムンディ/荒俣宏(集英社文庫)」への言及あり)

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2004年6月 1日 (火)

まつもとせいちょう・きねんかん:松本清張記念館

北九州市立・松本清張記念館(福岡県北九州市小倉北区城内)マピオンBB地図

 私は平成5年(1993年)の3月、九州へ二泊三日の旅をした。初日は太宰府天満宮と政庁跡をみた。それは、おぼろげな記憶をもとに、記事にした。
 翌日、小倉駅に降り立った。博多から小倉まで、新幹線だったのかどうかは覚えていない。
 何故、小倉におりたのか。そこは太宰府ほど、当時の私を引きつけるものはなかったはずだ。

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