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2004年4月29日 (木)

長尾真博士のノート

1999年の長尾真博士

1999年の長尾真博士
 思い返せば不思議な縁で、1990年代の10年間、私は長尾先生のそばに居た。そのうち6年間ほどは終始お話を伺っていた。だから、長尾先生は私の人生の中で、重い。
 先生は現在(2004年)公人なので、その業績や活動を私が記す必要はない。10年間、私の目には国際的な情報工学研究者としての印象が一番残っている。

 写真を残したのは、先生の前にあるノートを記録したかったからである。先生は常時カバンの中に、どこにでもあるようなノートを持っておられた。研究会などでは、随時それに書き込んでおられた。中身を見たわけではない。想像するに、枕部でもこのノートを使っておられたように思える。おめが醒めると、記されていたのではなかろうか。
 思い過ごしかも知れないが、私と話されているときにも、まれにノートを出し記されていた。えてして、会話内容とはまったく別のことが書かれていたのかも知れないが。

 先生は、京阪電車、新幹線、そして見たことはないが飛行機の中、すべて手書きで原稿を書いておられた。レジメもノートへ手書きだった。移動中が、当時の先生の原稿執筆時間帯だった。そのノート内容は、秘書さんがワープロで清書し、本になったり、講演予稿になっていった。研究会や、内部での配布物は、手書き草稿が総てだった。
 長尾先生には、ノートパソコンは不要だった。それは先端情報工学の先生の立脚点から見て、最大の、皮肉に思えた。
 助手や院生達に混じって数回講義も受けたが、その時はカードを持っておられた。おそらく、ノート内容が抽象化され、カードに記されていたのだと想像している。

 ともかく、すさまじい集中力だった。大学院生とのディスカッションも短時間だった。眼前で、15分程度で若者の草稿を読みきり、5分程度でそれを口頭要約され、問題点を指摘していった。瞬間瞬間把握され、学生が部屋を出ると、また別のお仕事、あるいは私の馬鹿話に相づちを打っておられた。
 問題、課題、なすべきことが発生したなら、その時点で集中して考え、一定の対応や結論を出す。それが当時の先生の流儀だったと解釈している。

 そういう長尾真博士の、研究と人生の原点が、あのノートにあった。
 私は写真をながめ、思い返して悟った。
 
 移動中、私は読むことも書くこともない。
 ぼんやりしている。
 梅翁は、酒を飲んでいる。
 JOさんは森羅万象膨大な蘊蓄をかたむけている。
 私一人が、電車の中で空白だ。
 それぞれの生き方に、感心した。
 吉野へ行ったときの想い出だ。

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コメント

長尾先生の記録にコメントするのは緊張します。間接的に梅安さんから大学時代の先生の話とか、就職後に偶然に神田の古本屋街で先生にお会いした話とか聞いていた。会社の連中は大型計算機で大層御世話になっているとか、色んな話は聞いていた。先生とお会い出来たのは梅安さんのお陰ですね。というか、浅茅が原先生のアレンジだったんでしょうね。電子図書館関係の研究会でしたよね、私はただ梅安さんに付き添っていただけですが、確か宴会にも二回程御付き合いさせて頂きました。私が考古学に興味ある話をさせて頂いた折、色々と助言と興味あるお話しをしていただきました。奈文研の田中琢先生の御紹介や、考古学者の出土物に対する並々ならぬ思い入れとか・・・・東山が望める料亭での記憶です。そうそう印象的だったのは、長尾先生自ら茶封筒に全国の大学からお集まりの教授の方々に交通費を入れて御渡しされている御姿が忘れられません。塾の先生というか、塾なら生徒が金払いますね、親分みたいでしたね。吉野行については梅安さんの紀行文が素晴らしいです。格調が高いし、品がありますね。四年も前の話なのに、つい昨日のような錯覚に襲われます。素晴らしい人々に出会えて幸せです。

投稿: jo | 2004年4月29日 (木) 14時25分

JOさん、
 いつになく、静かなトーン、筆致ですなぁ。
 長尾先生をMuBlogにあげたのは、すまないことでした。
 本当は、アネクドートというのかな、なんというか、挿話余話の方が本文を数倍越えるほど、あるのですが。
 やっぱり、いつまでたっても、旧師のことは、緊張するなぁ。

 されば、昭和初期のこと。
 詩人、佐藤春夫は門弟三千人だったらしい。
 私の教え子は、数えてみたら、丁度千人。に、しても、年間消息ある者は数名。やっぱり、人間の格って、あるのです。

 千年生きても、佐藤春夫や長尾真には、なれない。そこから、始まるんです、私自身の人生が。

 さて、また夕睡しませう。

投稿: Mu | 2004年4月29日 (木) 16時22分

こんばんわ。真面目なお話にコメントするので少々、緊張しております(いつもが不真面目と言ってるのではありませんよ)
先生にも先生がいらっしゃるのは当然と言えば当然なのですが、
この記事を読んでみて、なんだか感慨深いものがございます。
人というのは繋がっているものなのだなと、改めてこういう話を聞いたりする時に思います。

それでは。

HTMLが使えるようになったとのことなので、最後に試させて頂きます。
黄色い声援は場違いのようなので、この部分で色だけでも黄色にして試してみます。

失礼いたしました。

投稿: 一(Muが追加) | 2004年4月29日 (木) 22時48分

あら?投稿者の名前を入れたはずなのですが、入ってなかったようですね。
上の記事を書いたのは「一」です。

HTMLも反映されなかったようですね。残念。

それでは。大変、失礼致しました。

投稿: 一 | 2004年4月29日 (木) 22時51分

一さん
 先生にも先生がいる。

そうですね。実は私も長尾先生から、先生の話を伺った覚えがあります。そういうお話内容は、大抵教科書に書いてあることとは、火星ほど距離があって、なかなか忘れることができません。

 HTMLはもう一度確認しましたが、たしかに受付オンになっていました。比較的新しいシステムは、マニュアル通り動かないものですね。

 長尾研に日参していたころ、ある開発を数週間悩んで、思いあまって、件の「オブジェクト対応SQL:データベースシステム」について開発もとに連絡したところ、無惨やな「その部分は、未対応なので、マニュアル表記の通りには動きません」と回答があって、へなへなとソファに崩れ落ちた経験がありますね。

投稿: Mu | 2004年4月30日 (金) 01時56分

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