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2004年4月20日 (火)

しらかわ・たつみばし:白川辰巳橋

白川辰巳橋(京都府京都市東山区清本町)マピオンBB地図

白川辰巳橋のテンテン
 都の街にくりだすことはそれほどないのですが、昼とか夕方にぶらりと歩くとき、この白川あたりに行ってみます。地図で言うと、四条通りの、たしか「茜屋」で北にはいり、「権兵衛」で道の正しさを知り、「やげん堀」をみると、ああたしかにここでした、と安心してきました。つまり「切り通し」といわれている道を四条から少し北に上がるだけでよかったのです。30年以前から、そこらがあいまいもことしていたようです。だから歩くと言っても、せいぜい1年間に2回程度だったんでしょう。
 自分でこの地図を確認しましたら、随分分かりやすくなって、以後毎晩出歩くかも知れません。本当に、人間の行為行動の原因なんて、たわいないものです。
 なお、この地図ポイントのあたり、白川通りの川沿いなどは、夕方以降、京の街の風情としても、最良に位置するところです。

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コメント

幕末の頃に伊予の脱藩、傘張り浪人と芸子はん連れて付近で飲んでました。お店おわったら、辰巳橋でっせ! 阿呆な気の良い傘張り浪人と懐を気にしながらお姉様かたがたをお待ち申し上げておりました。時間軸を忘れる空間ですな~~! 今どないな時代でっか?

投稿: jo | 2004年4月20日 (火) 08時27分

JOさん
 暗号解読しますね。正否は後日お聞かせ下さい。

幕末:1990年代末、つまり爛熟退廃の世紀末。ところは京都。
伊予の脱藩、傘張り浪人:梅翁かな。
芸子はん:ぽん太、とか、冷や奴とか、そういう源氏名の20代の、祇園界隈の娘さんかな。
お店:まあ、想像できない、あの世界が未踏なので。

 解読できるのは、これくらいです。

投稿: Mu | 2004年4月20日 (火) 09時30分

傘張り浪人が百万遍あたりの蘭学塾でエレキテルの勉強してるという話やけど、これも疑わしい話や。何時も杯を傾けると芸子はんの話と、異国の歌舞演劇の話ばっか~~や。わしは、石清水八幡宮さんから免許貰い、油の行商してるんやけど、何時もたかられる。最近都も騒々しくなって、夷方面の日野あたらいから怖そうな連中が壬生に屯しとるし、何話しとるか判らん言葉、噂では隼人言葉らしいけど、(ぽん太の言による)の連中とか、仰山の連中が都をウロウロしとる。世の中物騒になって来たわ。

投稿: jo | 2004年4月20日 (火) 10時52分

JOさん
「石清水八幡宮さんから免許貰い、油の行商」これは、斎藤道三の故事かな。
 JOさんの野望はつきることがないなぁ。
 新撰組のことやが、京都は今でもああいう紅灯の町に蛮族がたむろしてるのやろうか。
 京都では儲け話もなかろうに、よく分からぬ。

 それにつけても、都の1000年の歴史を思うと、うっとりするくらに、いろいろありましたんやなぁ。
 タイムマシンがあるならば、尊氏から義満の時代へいってみたい。なにしおう、花こぼるる若き世阿弥(鬼夜叉、藤若時代)の舞をこの目でしっかりみておきたいなぁ。

投稿: Mu | 2004年4月20日 (火) 11時55分

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