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2004年4月24日 (土)

光瀬龍の訃報(1999/7/7)

 いまでも、作家光瀬龍を、ふと思い出す。
 たしか、高校で生物学の先生もしていなすった、そんな記憶がある。1999年の七夕に亡くなられた。享年71だから、天寿全うとも言えるし、現代だと若すぎる、という気持もわく。
 しかし、作家にも旬がある。
 私は、光瀬龍の三十代の作品が一番好きだ。それでよいと思っている。
 訃報を知った翌日に、小説葛野記に記していたのを今朝思いだし、再掲しておく。
 図書の写真は、いずれ、MuBlog「図書の顔」に整理して格納するつもりだ。

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1999年7月10(土)晴れ
今朝
 光瀬龍の死を知り、弔意を表すものである。作家光瀬龍は余の青春であり、人生であった。余の人格の多くの要素が、彼の作品によって形成された。今朝は、午前中に、東京で告別式があるもようである。合掌。

光瀬龍記録
   訃報:1999年7月8(木曜)産経新聞夕刊
   たそがれに還る
     カバー(内藤正敏):早川書房、昭和39、43年第4刷
   百億の昼と千億の夜
     カバー(金森 達):早川書房、昭和42年初版

本日定食
 午後カナン96定例会。
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 以上、小説葛野記1999年七月、より。

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