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2004年3月15日 (月)

2004/03/14 晴れ

 今日から木幡研にいるときは、木幡記にしようと思った。日曜祝日や強鬱期は木幡の床に伏せっている。葛野に行くのは仕事と元気な時である。

 今日は日曜、温かい佳き日であった。午後急に思い立って京阪電車にのった。宇治線という。本線に交わる中書島で、京都市内三条に行くか、それとも淀城か大阪方面へ行くか少し迷った。結局、大阪方面にして、降りたのは八幡(やわた)だった。男山の、石清水八幡宮をみることにした。
 ケイブルが往復400円、京阪電車と合わせて940円程度電車賃がかかった。ケイブル途中の男山は本当に八幡の薮知らずだった。
 ケイブルは片道3分間、距離にして400m、高さにして80mほどだったようだ。季節柄なのか、日曜なのに閑散としていた。信心も全国的にうすれてきたようだ。土曜の夜に、信心がうすれた若い女性を次々と殺害する小説を読んだ。西村京太郎さんの十津川警部もので『出雲 神々の殺人』双葉社、800円を土曜の早朝に葛野のセブンイレブンで買ったものだ。出雲とはあまり関係のない内容だったが、石清水八幡宮社殿前で、私も信心がないな、と思った。
 見晴らしがとても良かった。桂川、宇治川、木津川という三つの大きな河川が合流し、淀川になって大阪へ行くようだ。絶景地だった。

 気持よい小旅行だったので、木幡に帰ってから寝てしまった。数時間も寝たので、今夜は眠れそうにない。いまから、【蛇】を書き直すつもりだ。書き直しもすでに2章に入った。そうそう、平凡社の『寺院神社大事典:京都・山城』で石清水八幡宮をみてみたら、16ページも割いてあった。奉幣は伊勢に次ぎ行われていたようだ。ものすごい社格の高さではないか。各時代、将軍さんが訪れた、武家の神さんらしい。
 男山は、南北朝時代だけにとどまらず、戦場に何度もなったようだ。

 ところで神功皇后、応神天皇のことは少し身を引いているところがあるが、宇佐八幡には行ってみたい。なぜ引くか? ようするに倭建命の息子さんの仲哀天皇は、皇后さんとうまくいっていなかったようで、応神さんのててごは、一体だれなのかわからなくなるからである。私は幼児期から倭建命のことばかり考えてきた。なんにせよ、三輪王朝に物狂っているのだから、どうしても八幡(はちまん)さんには身を引いてしまう。だから、無信心だったと、夕方目覚めたときに思った。怖くておみくじもひかなかった。

 何年も前に上賀茂神社で大吉を引いたのを大切に思っている。以後、二度とおみくじを引いたことはない。

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コメント

 Muさんへ
 私は古代史のことはあまりよくわかりませんが、奈良に住んでいるものですからよく知っている地名が出てきて、勉強になっています。三輪神社は毎年初詣に行きますし、石舞台は蘇我馬子の墓とも知らず登って渡ってしまいました。巻向(まきむく)にはみかん狩りに出かけ、二上山へは子供の校外学習の引率で、あのゴロゴロした岩山を登りました。日を改めて麓にある「二上山博物館」にも行きました。博物館では大津皇子のことも詳しく説明されていました。
 話は変わりますが、今週の木曜日からNHK総合で「蝉しぐれ」が
(藤沢周平原作)がアンコール放送されます。(p.m.9:00~)昨秋放送されていたのですが御覧になってたでしょうか?時代劇なんてと思っていたのですが、1回放送後、原作を一気に読みはまってしまいました。公式ホームページにもこの私が2度も書き込んだほど熱中してしまいました。主人公牧文四郎の生き方に強く惹かれました。再放送を機に友人や知人にもこんな作品もあるのだと皆に薦めています。御覧になっておられなければ、七夜にわたって放送されます。一度是非御覧になって下さい。「木幡記」と関係のない話になってしまってごめんなさい。

投稿: ほかもどり | 2004年3月15日 (月) 08時48分

ほかもどりさま、ご丁寧なコメントありがとう。
・奈良には友人知人が各地におりますが、初詣が三輪神社とは知りませんでした。奈良の人は大抵春日大社だと思っていました。三輪さんはすこし変わった神社ですから。
・二上山のことは、付近に住んでいる卒業生が数名もおります。一番古い人(?)の話では、小学生の頃サヌカイトを割って遊んでいたというのが、10年も前の話として記憶に残っています。
・「蝉しぐれ」は奇遇(?)ですね。旧知に薦められてそのままにしていたのを、最近読んで感動して、また悪友に勧めたところ、彼も感動したようです。
http://www.koka.ac.jp/taniguti96M/0/40/TamaiM/fu20040215.html
http://www.koka.ac.jp/taniguti96M/0/40/TamaiM/fu20040229.html
 放映は未見なので、見るか録画してみます。
以上

投稿: Mu | 2004年3月15日 (月) 09時07分

石清水八幡宮は子供の頃からよくお参りに出掛けました。 中学時代、同じクラスの友人が何時も八幡宮で『笛』を吹く係でした。 又、大学時代はお正月に悪友と淀競馬場の金杯に出掛ける前にお参りして、必勝祈願をしたものです。懐かしい場所です。

投稿: jo | 2004年3月15日 (月) 09時24分

 JOさん、たしかあなたは神戸出身じゃなかったのでしょうか。意外にわからぬものですね。すると、八幡近辺におったわけですか。そう言えば、ご先祖は洞ヶ峠でどうしたああした、でしたかな。
 さて、あそこ(石清水八幡)で競馬の必勝祈願するとは、足利尊氏も歴代徳川将軍も聞けば泡を噴くでしょうね。
 車窓からは、隣の駅、淀で石垣を見ました。競馬場は淀駅から離れていますね。
 当日、沿線にたくさんの車が駐車して、カメラを電車に向けていました(ホームにもカメラマンが一杯)。まさかム皇帝の必勝祈願を写しに参ったわけでもないでしょう。最近は、電車を写真にするのが多くの人の趣味なのかもしれません。

投稿: Mu | 2004年3月15日 (月) 09時42分

私は北河内郡大字昭題村で生まれました。京阪電車の牧野という駅です。隣の駅は楠葉駅で、中学から楠葉、牧野、近辺生まれの学生が集いましたね。継体天皇が即位されたのは確か楠葉ですよね。
牧野の駅の近くには一宮神宮があり由緒あるお宮さんです。 近くには今は公園になっていますが、古墳が多く存在しています。 子供の頃より古墳とか神社に囲まれ、これが私を古代史に
誘惑しました。 司馬さんも確か、子供の頃は鏃を集めておられ、昔の長脛彦と神武勢力との戦いの現場で幼少時代おくられたと聴いています。

投稿: jo | 2004年3月15日 (月) 11時45分

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