カテゴリー「002蛇神祭祀」の14件の記事

2006年10月 4日 (水)

定稿『蛇神祭祀/浅茅原竹毘古』(はむかみさいし)

承前:『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載

 この九月末に蛇神祭祀の連載を無事終了し、定稿とした。始まりが今年の四月だったから、半歳100回の連載になる。原稿枚数はおおよそ600枚となった。随分刈り込んだものだ。すでに終了挨拶は別のblogで記したので、ここでは余話のようなものを書いておく。

 人にもよるが作者は自作の解説や宣伝をしないものである。
 何故か。
 いろいろあるだろうが、人は人。浅茅原は浅茅原だから、また考えがある。
 作者の作った作品は、公開されると作者の制御を離れる。作者の意図や意志とは関係なく作品は読まれ、解釈され、了解される。書いている間は、作者の子供のようなものであっても、公開されたとき、それは成人になる。だから自分の息子や娘が世間でどんな風に扱われても、親は口出しをできないのと、同じことになる。

 親のできることは、もう、昔話になってしまう。「あの子がうまれたときはね、可愛らしかったよ」とか、「小学校のころはね、成績が~」というような話しかできない。その昔話を書くのも読むのも、なんの制限もない。私は今、不意に書きたくなった。
 それに、私自身がすでに読者の一人になっているのだから、MuBlog好評(?)の「小説の感想文」みたいなものを書くのも一興。

 脳裏には、大昔なんとなくはやって、読んだような(内容は覚えていない)ノーマン・メーラーの『僕自身のための広告』というタイトルが、やけに大文字で流れていく。

 『蛇神祭祀』 私は気に入っている。最初に公開した『犬王舞う』よりも、物語化がすすんだようで、内心「まずまず」と思っている。特に、御杖代(みつえしろ:宗教教団の教祖さま)だけが歴代言い伝えられている「からくり」を書いているときはほくそ笑んでいた。(ところが、意外にも読み飛ばされたという情報がいくつかあった)もちろん、最近森博嗣さんの『カクレカラクリ』を読んだときは呆然として、「ああ、もう少し大規模に書き込むべきだったなぁ」と、思いはしたが、そこはそれ「我が子かわいさ」。人の子供よりも、自分の作品の方が愛着が増す。仕方ない親ばか。

 それと、以前から、ずっと考え感じてきた三輪山というものを舞台にできたことが、ことのほかうれしかった。ひとにもよるが、私は考えることについては偏食ぎみで(現実食事については好き嫌いはない)、ほっておくと好きなものしか読まない、書かない、見ない、接しない、考えないというところがある。だから何十年も、ずっと三輪山のことを考えてきたから、作品の舞台としてその近辺を選び、なんとかかんとか物語を完成することができたので、すっきりしている。
 そういう意味では全くの日曜作家、アマチュアだと自覚する。だれかに、どこそこを舞台にして小説書いてください、お礼はたっぷりですよ、と言われても、全く書けない、自信がない。

 作っているとき、考えていたのは、一つはモデルについてだった。
 まず、笠御諸道(かさ・みむろみち)教団。これはまったくの想像である。もちろん関係図書をいくつか読んだり、人の話をいくつも聞いてきたので、私の脳の底にはそういう情報・知識が蓄積されているだろうが、こんな教団あるわけない(笑)というのが、作者の気持。しかし、公開されると、人はどうとるか分からない。もし、「うちのことを、かかれましたな」なんて言われたら、わたしはぼそりと答える。「いえいえ、私が教団つくったら、こんな風にするんです」と。しかし、つくっているとき、一人笑いを何度もしていた。特に「神離帖(かむさりちょう)」に気付いたときは小躍りした。(しかし、またしても読み飛ばしたという話も耳にする)。版図、木簡時代からの巫女さんの日記だなんて、そんなの現実にあったらどうしましょう。

 次にモデルといえば、ヒロイン達。なにしろ谷崎教授は京都の葛野女子大学となっているから、ここから混乱が生じる。これは作者のいたずら心と思われるのもシャクなので、ここでちゃんと記しておく。一般に原作者の知り合い達は、身近な者が小説を書くということに慣れるまでは、人物が登場するたびに「僕のことかな」「私のことにきまっている」と、思うものだ。しかし、ひとたび物語を書く立場になると、それが嘘であることがしっかり分かる。もちろん、名前などが一致するとドキリとするだろうが、それは偶然とか、語感のよさとか、別の要因が大きい。蛇神でも書いていて気付いたのだが、女性名は何人も同じ名前の者が近辺にいる。まずいなと、思うこともないのだが(笑)、名前なんて一致するのは山のようにある。連載開始の四月ころには、数少ない読者から「あの、佐保という名前ですが、~大丈夫なんですか」と言われた。しかし、大丈夫もなにも、小泉佐保は生まれながらにして佐保なんだから、どうにもならない。ひとから、「君はなんで、竹毘古なんだ」と詰問されても、それこそ「さあ」としか、言いようがない。

 いわゆる伝統的というか、純文学小説には、なんとなく作者をモデルにして、登場する人物すべてが実在のだれそれに当てはめられるような装いをもつものが多いが、これとて、私小説の歴史も長いのだから、そんな、モデル小説と言わない限りは、あくまでフィクションである。
 「そんなこと言って、嘘でしょう。私がモデルでしょう」と、もし思われる方がいるならば、そのように実在人間をモデルにして書いてご覧なさいよ。似ても似つかぬ人物が、小説世界を歩きまわることになります。

 本当は物語の結構をそれとなく、言ってもらいたいのに、数少ない感想は、もう定まってきている。第二作目で定まるのがいいのか悪いのか。
 小泉佐保→この人、ちょっと理想的過ぎる。ときどき老成しすぎている、そんなわけない、25歳の女性には見えない。と、なんとなく不評。作者はものすごく気に入っているというのに、可哀相な佐保(泣)。
 小沢トモコ→愛らしい。一番できがよい。谷崎と小沢の掛け合いのほうがおもしろい(犬王舞う、以来)と、一番評判がよい。看板娘かも。
 谷崎教授→?
 長田君→登場すると、ほっとする。おもしろい。(犬王舞う、以来)なんとなく、人気がある。作者には、なにがおもろいのか、とんと分からない。あははは。

 というわけで、作者が一番好みの人物は、それは、「さあ~」と、ナイショです。

 まだまだ書き足りないが、今夕はこのくらいにしておきます。また機会あれば、おもうところを「僕自身のための広告」として記します。そうですね。なぜミステリ形式にしたのか。そのあたりのことを、書いてみたいとも思っています。

参考
  小説『蛇神祭祀』の連載完了(DuoBlog)

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2006年4月 9日 (日)

『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載

承前[MuBlog:小説『犬王舞う』]

 昨夜半、突然床から立ち上がり、激情にかられて長編小説の連載に手を付けた。
 今朝、振り返る余裕ができた。
 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)

 『犬王舞う』と同じく主人公は二十歳半ばの、大学図書館司書「小泉佐保」とした。司書と言われる職業にも様々なタイプがあるが、「大学図書館司書」の場合は、他に比して知的冒険ができる環境、する機会が多いといえる。その事情は、背後に膨大な学術系書籍を持っていることから生じている。この世のありとあらゆることを記した図書や文書が、大学図書館の書庫の奥底に隠れ潜んでいる可能性が高い。そこを自由に走り回れる人は、研究者よりも、司書だと思っている。

 しかし、佐保は司書であって、読書人ではない。
 読書人としては、佐保の先輩同僚として「長田(おさだ)」クンを『犬王舞う』ではそえた。彼は森羅万象、ことごとくを読み切った人物として設定した。もちろんまだその片鱗すらうかがえないのだが、創作データベースにはそう記録してあった(と、もちろん私が記述したのだが)。
 佐保は行動の人でもある。知的冒険は書庫の奥底やインターネット情報の深海や、佐保の脳内のことだけでなく、外にでてもらいたかった。だから佐保は、父親が年に数回しか乗らないGTRを自由に操れる女性として、どこへでも行ける条件設定にした。一般にGTRを好む女性は少ないが、これは作者が、以前の無骨なGTRを好ましく思っていた反映である。
 そんな、いくつかの複合条件の結果、小泉佐保が生まれた。そこで、今回の『蛇神祭祀』では佐保に奈良県桜井市の三輪山近くの穴師(あなし)へ飛んでもらうことにした。

 佐保はそこで仕事をすることになっていた。師匠に頼まれた仕事だから、佐保としては断るわけにもならず、友人や後輩と合宿することになっている。
 ここで、佐保達が師匠や依頼主に応じて、汗をながし調査し討議し、報告書を書くというのも、現実の司書にはまれにある。全集の編纂をしたり、専門的な便覧や辞書を造ったり、名家の蔵から出た大量の文書の目録を造ったり、古い大学図書館の書庫を大々的に整理したりする時には、研究者よりも司書の職性の方がやりやすいことが多い。
 ここで対象分野の専門研究者と異なるところは、情報を整理する点からみた司書は、分類や、目録や、索引を造り、対象世界を分野の専門性という視野狭窄に陥らず、客観的にまとめ上げる点に特性が発揮される。司書のサービス相手は日々カウンターに来る利用者だけではない。

 しかし。
 作者はそういう気むずかしい世界が苦手なので、あっさり佐保に、事件の渦中に入ってもらうことにした。
 どういう事件なのか。それがわかりにくい。

 実態が外からは見えない「笠御諸道教団(かさ・みむろみち・きょうだん)」の、現実の組織や、地下に遺跡を持つ教団大施設の中や、1800年間に近い深い歴史のなかで起こる事件なのだから、作者もときどき分からなくなる。分からなくなるところは、すぐれた読者一人一人が、作者も及ばない事件の絵図や、解釈鑑賞を後日提供して下さるだろう。小説という近代ジャンルにあって、現代は、作者という「神」は死んだ。
 blogは、これまでの「紙メディア」とは異なる面が多いから、司書・小泉佐保も新たな経験をすることになる、と考えている。

サイドバー「小説関連サイト」より
  作品連載中(火・木・土・日):001 連載中・携帯&PC
  今後の累積版:020 蛇神祭祀/浅茅原竹毘古

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2006年4月 1日 (土)

小説『犬王舞う』の定稿にこと寄せて

連載を終えて
 この三月末に長編小説『犬王舞う』の連載を終えて、これをblog「犬王舞う/浅茅原竹毘古」として公開しました。
 若干、この完成までの道のりを記しておきます。

 初稿は『犬王』として、平成十二(2000)春ころから起稿し、翌年一月に完成しました。原稿用紙で546枚でした。改稿は『犬王舞う』として、平成十四(2002)の六月に丁度600枚の作品に変わりました。それからずっと、犬王は置いたままにして、後述する第二作『蛇神』を書いていたのです。

 昨年の夏、突然思い立ちまして、処女作とも言える『犬王舞う』をblogに載せて世界に公開しようと考えたのです。こういうきっかけはよくわかりません。大抵、深夜突然起きあがり、激情にかられて断髪したり、場面転換を図るというのが、これまでの人生でしたから、blog化したのもその一つだったのでしょう。

 小説のblog化については未経験なので、その道の若い人に相談し、考えた上、結局携帯電話でもPCでも閲覧できるシステムを使うことにしました。そこで、先年(2005)の九月からauのサービスを使って連載を始めたのです。大体一回に5~6枚の掲載でした。そのうち、文字が小さく読みにくさもあったので節単位の累積版を考え、未公開なままMuBlogの亜種としてまとめてきました。
 こんど終わって数えてみると原稿で561枚になっていました。先述の改稿分はあれこれと600数十枚に膨れていましたから、60枚ほど刈り取り削除したことになります。これを『犬王舞う』定稿2006としました。

小説を書き出したきっかけ
 『犬王』を書き出したきっかけは、前世紀末に学生達が森博嗣さんや京極夏彦さん、その他ありとあらゆるミステリを読んでいたそばにいたので、なんとなく染まりだしたわけです。私自身もそれまでも今も、横溝正史さん、内田康夫さん世界に遊んでいた経験があったので、あっけなく斬新な、新時代のミステリにひたりこんでしまいました。

 ですがおもしろいからと言って、書き出せるはずはなく、その前史がありました。24歳ころに『夜麻登志宇流波斯』という、今から思うととても小難しい長編小説を作りました。これはミステリではなくて、なんというか実験的な気むずかしいものでした。それは30歳ころに縁あって刊行されました。
 さりながら手元には一冊しか残っておりません。国立国会図書館には納本されたので、残っているかも知れませんが。

 さらにその前史はというと。もう、覚えておりません。もともと科学少年でしたから、考えてみると人生は不思議な紆余曲折を経るものだと思うところです。小学校の頃には、上皿天秤で薬品を量り、ビーカーに入れて攪拌し、出来合をながめていた、化学少年でもあったのですから。

肝心の『犬王舞う』の内容
 これはですね。やはりネタバレになりますから黙っておきます。ひごろ、よそさまの作品をあっけなくネタバレ話して、ひんしゅくをかう私でも、さすがに自作となると、恥ずかしくてなにも言えなくなってしまいます。
 いつぞや、ミステリ好きの人達の中で、何の気無しに、某有名著名な作品の結末を、ぽろっと話したところ、座が一瞬零下・絶対温度に下がったことがありました。眼前の方が丁度、読むところだったようなのです。
 もちろん、軽蔑の嵐、ふくろだたきにあいました。

 ところで~。
 つまりこの『犬王舞う』は、二十歳半ばの聡明で異能を秘めた若き小泉佐保、大学図書館司書の冒険譚なのです。
 昔のアメリカ映画を見ますと、往時の女性司書という仕事は、尼さんと同じ、一種の世捨て人扱いされていたようです。どういう意味で世捨て人かというと、往時の感覚では、女性司書は修道尼と同じ、結婚なさらない方が多かったらしく、一種変わったタイプとして描かれていたのですね。

 さて現代の図書館司書はどうなんでしょう。
 よくわかりません。
 わからないながらもそう言った、司書という職業に関係した、まるで起こりそうな「事件」をもとに書いてみたつもりです。
 もちろん、現役司書の目に触れると、ネタバレふくろだたきどころじゃないかもしれませんが、まあ「小説」というかフィクションとは、そう言う物だと割り切りましょう。

【小説関連サイト】の説明
 この四月上旬からいくつかのblogを開設しました。わかりにくいところもあるので、解説いたします。
 どのblogのサイドバーリストにもあげた【小説関連サイト】のことです。
   (ただし、「携帯&PC」からはauone社の方針に従って、リンクを設定しておりません。)

  000 MuBlog
  001 連載中・携帯&PC
  010 犬王舞う/浅茅原竹毘古
  020 蛇神祭祀/浅茅原竹毘古

・001 連載中・携帯&PC
 これは第二作『蛇神祭祀』(はむかみ・さいし)を四月上旬から新規に、毎週、火木土日、連載していきます。
   (このblogの底にある古い記事は『犬王舞う』です。)
 特徴は、携帯電話で読めることです。もちろんPCでも読むことが出来ます。
 さらに、一番新しいものが読めることです。
 通勤の友にどうぞ。

・010 犬王舞う/浅茅原竹毘古
 これは、『犬王舞う』定稿2006の保存版です。
 まとめてお読み下さい。

・020 蛇神祭祀/浅茅原竹毘古
 これは、「001 連載中・携帯&PC」に掲載した連載分を、節単位でまとめて、累積保存している所です。
 今秋には、このblogが『蛇神祭祀』定稿2006になる予定です。
 目次も整えていきますから、一週間に一回程度、御覧ください。

今後の予定
 この四月(2006)上旬から『蛇神祭祀』(はむかみ・さいし)を掲載し、初秋にはなんとか完成させるつもりです。
 そのあとは、年末年始にかけて、佐保の冒険、その3「巨石の森」を連載開始予定しております。
 そのあとは~、まあ佐保冒険シリーズでは、その4、その5、まで考えておりますがぁ。
 どうなんでしょうね(笑)。
 どうぞ、MuBlog同様、おひきたてくださいませ。

メルアドレス<小説関連>
 ご用の方は、プロフィールに記したアドレスをお使い下さい。
 
    平成18年4月1(土)
    浅茅原竹毘古(Mu) 識

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2004年4月20日 (火)

しらかわ・たつみばし:白川辰巳橋

白川辰巳橋(京都府京都市東山区清本町)マピオンBB地図

白川辰巳橋のテンテン
 都の街にくりだすことはそれほどないのですが、昼とか夕方にぶらりと歩くとき、この白川あたりに行ってみます。地図で言うと、四条通りの、たしか「茜屋」で北にはいり、「権兵衛」で道の正しさを知り、「やげん堀」をみると、ああたしかにここでした、と安心してきました。つまり「切り通し」といわれている道を四条から少し北に上がるだけでよかったのです。30年以前から、そこらがあいまいもことしていたようです。だから歩くと言っても、せいぜい1年間に2回程度だったんでしょう。
 自分でこの地図を確認しましたら、随分分かりやすくなって、以後毎晩出歩くかも知れません。本当に、人間の行為行動の原因なんて、たわいないものです。
 なお、この地図ポイントのあたり、白川通りの川沿いなどは、夕方以降、京の街の風情としても、最良に位置するところです。

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2004年4月10日 (土)

みわ・ひばら:三輪山・檜原神社

三輪山と檜原神社(奈良県桜井市三輪) マピオンBB地図

 三輪山や檜原(ひばら)神社は、私にとっては親しい、懐かしい地名であり風景です。三輪山は、お山を拝むから神殿がないという大神神社(おおみわじんじゃ)によって、比較的知られているようですが、檜原神社を御存知の若い人は少ないです。
 京都市と奈良市はお寺。そして奈良市、天理市の南になると、神社が目を惹きます。仏教と神道(しんとう)とが歴史的には諍いが多々あっても、それぞれ特色をもって風景に溶け込んでいるのが、気に入っています。

続きを読む "みわ・ひばら:三輪山・檜原神社"

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2004年3月23日 (火)

日本・歴史・古代:大和に眠る太陽の都/渡辺豊和

By NDL-OPAC GB161-277
大和に眠る太陽の都/渡辺豊和著
京都:学芸出版社、1983.9
191p ; 19cm
(イメージの古代)
ISBN 4-7615-1082-X
定価 1800円

全国書誌番号 84026009
個人著者標目 渡辺, 豊和 (1938-) ∥ワタナベ,トヨカズ
普通件名 日本 -- 歴史 -- 古代 ∥ニホン -- レキシ -- コダイ
→: 日本 -- 歴史 -- 大和時代 ∥ニホン -- レキシ -- ヤマトジダイ
→: 日本 -- 歴史 -- 大化改新時代 ∥ニホン -- レキシ -- タイカノカイシンジダイ
→: 日本 -- 歴史 -- 奈良時代 ∥ニホン -- レキシ -- ナラジダイ
→: 日本 -- 歴史 -- 平安時代 ∥ニホン -- レキシ -- ヘイアンジダイ
普通件名 建築(日本) -- 歴史 -- 古代 ∥ケンチク(ニホン) -- レキシ -- コダイ
NDLC GB161
NDC(8) 210.3
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000001662389

目次情報

1 大和三山は人工の山か
神話の風景
二等辺三角形の不思議
三輪・畝傍山にピラミッド稜線があった
耳成山と天香具山の争い
2 三輪山伝承と太陽信仰
みわとは何なのか
偏在する太陽信仰
三輪山伝承

3 磯城とは何か
磯城とは石城のことである
日本には石造建築が至る所にあった
土蜘蛛の空間
大和盆地はかつて湖底であった
神武天皇はなぜ磐余彦なのか

4 日本の巨石文化
ストン・サークルとストン・ヘンジ
飛鳥の巨石遺跡
日本のピラミッド

5 太陽の都 磯城宮
埋もれた地下帝国
天香具山の下に眠る巨大宮殿
森林の中の幾何学模様

闇と光の彼方ーー終章にかえて

参考サイト
   Toyokazu Watanabe Architecture Studio
   「大和に眠る太陽の都」
        ↑渡辺豊和氏のファンの方のようです。昔から眺めているサイトですので、記録致します。

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2004年3月22日 (月)

京都祇園夕桜

京都祇園夕桜
 祇園円山公園の夕桜 マピオンBB地図

 祇園八坂神社や、その奥の円山公園は年に何度か訪れます。3月末から4月初めは、夜桜です。7月半ばは祇園祭です。宵山の情景は山鉾よりも、祇園さんの方が最近は面白く思っています。そして、大晦日。行動パターンは年年歳歳、変わらないものです。
 夜桜は綺麗です、としか表現できません。とくに夕方がよいです。暗くなってしまってからのライトアップよりも、自然な感じがします。

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2004年3月19日 (金)

信仰篤き人たち

大神(おおみわ)神社、境内で祈る人 マピオンBB地図

miwasinko.JPG

 2001年5月、三輪でみかけたイメージです。20代から30代の男女の祈る姿が焼き付いてしまっています。相当に長時間、静止したまま、ただ祈り斎き微動だにしませんでした。カメラを向けるのが申し訳なかった思いがしました。

参考サイトとして、大神神社

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2004年3月18日 (木)

日本・文学・評論:三輪山伝承/山中智恵子

By NDL-OPAC KG16-23

三輪山伝承/山中智恵子著
東京:紀伊国屋書店、1972.5
204p ; 18cm
(紀伊国屋新書;A-64)
参考文献:p.191-194
定価 400円

全国書誌番号 75019258
個人著者標目 山中, 智恵子 (1925-) ∥ヤマナカ,チエコ
普通件名 日本文学 -- 歴史 -- 大和時代 ∥ニホンブンガク -- レキシ -- ヤマトジダイ
普通件名 神話 -- 日本 ∥シンワ -- ニホン
NDLC KG16
NDC(6) 910.22
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000001264526

帯情報

天神(あまつかみ)=河内王朝によって滅ぼされた三輪王朝の過ぎし栄えの日とその怨念を記・紀に探る

目次情報
 はじめに
一 三輪山と天皇霊
二 記・紀神代の大物主神
1 大物主神の性格
2 やまとなす大物主神と少彦名神の出現
  …『古事記』と『日本書記』第六の一書に拠る
3 幽神大物主神
  …『日本書紀』第二の一書に拠る国譲り
4 荒魂は顕れみたま

三 崇神紀の大物主神の祭祀
1 崇神紀の祭祀の概略
2 三輪山神婚伝説
3 水と日と蛇の巫女百襲姫の出自
4 箸墓伝説
5 祭主大田田根子
6 日に向う社
  …三輪の太陽の座
7 味酒三輪
  …託言醸成
8 三輪山の夢占による皇位継承
9 玉菨鎮石、出雲人の祭る
  …水と鉄の鎮魂呪詞

四 三輪山に在り立てる茅笠を
  …鎮魂祭の恋の座
五 はじめに石ありき
  …磐座・神籬・社稷
六 あかがねの八十梟帥
  …神武紀の磯城彦の行方
七 審神者登場
八 倭姫命世記
  …三輪から伊勢へ
九 誰にかも依らむ神の宮人
  …雄略朝の大物主神の没落
十 鐸ゆらくもよ
  …淡海流離譚
十一 三輪君逆の排仏と死
十二 三輪山の猿と蜜蜂
  …大化改新前後の巫覡
十三 情あらなも隠さふべしや
1 額田姫王の三輪山鎮魂歌
2 神杉の夢に死す
  …高市皇子と十市皇女
3 いにしへに恋ふる鳥
  …比売朝臣額田と中臣大嶋

参考文献
附表
あとがき

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2004年3月14日 (日)

日本・歴史・古代・邪馬台国:まほろばの歌がきこえる/苅谷俊介

By NDL-OPAC GB163-G168

まほろばの歌がきこえる : 現れた邪馬台国の都/苅谷俊介著
東京:エイチアンドアイ、1999.3
11,296p ; 20cm
ISBN 4-901032-60-7
定価 2000円

全国書誌番号 20018108
個人著者標目 苅谷, 俊介 (1946-) ∥カリヤ,シュンスケ
団体名・地名件名 邪馬台国 ∥ヤマタイコク
NDLC GB163
NDC(9) 210.273
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000002841358

帯情報

卑弥呼が眠る古代宮都の全貌を解き明かす!
三世紀初頭、『魏志』倭人伝に記された邪馬台国の時代、三輪山山麓に広がる纒向(まきむく)遺跡(奈良県桜井市)に、わが国最初の国際的都市が造営されていた!
個性派俳優のアマチュア考古学者苅谷俊介が、十九年間の研究成果を賭けて、古代国家成立の最大の謎に挑む。
≪おもな内容≫
*邪馬台国と卑弥呼のルーツ、弥生大集落「唐古・鍵(からこ かぎ)」の全容。
*太陽祭祀と銅鐸祭祀の大司祭者・日妻巫女(ひめみこ)と“女王”卑弥呼の関係。
*纒向遺跡に造営された“女王”と“大王”の、二つの宮都の痕跡。
*“聖壇”纒向石塚と神々のあいだを結ぶ計算された点と線。
*後漢尺四〇〇歩(571.6メートル)四方の宮都域の設計プラン。
*箸墓(はしはか)古墳に秘められた“女王”卑弥呼の死と邪馬台国終焉の真相。
*箸墓古墳の墳形と被葬者を特定する手がかり。
*邪馬台国と抗争を繰り広げた狗奴国(くなこく)とその男王・卑弥弓呼(ひみくこ)の正体。
*初期大和政権の初代“大王”と「御間城入彦五十瓊殖(みまきいりひこいにえ)」を結ぶ糸。

目次
「葦原中国」の原像―― 弥生大集落「唐古・鍵」から邪馬台国の中枢「纒向」へ
古代の奈良盆地を行く
葦原中国
「葦原中国」の原像 Ⅰ:小地域名・ヤマト
「葦原中国」の原像 Ⅱ:忌詞・聖と俗の名称
「葦原中国」の原像 Ⅲ:唐古・鍵

“日妻巫女”が治めた国―― 銅鐸祭祀の大司祭者から卑弥呼へ
太陽に仕える“日の妻の巫女”
銅鐸の祭りと共同体
何人もいた銅鐸祭祀の司祭者
「国」の成立と日妻巫女体制の確立
消えゆく日妻巫女

倭国大乱と“女王”卑弥呼―― 先ヤマタイ国から邪馬台国へ
六大勢力と大連合体(大国)の形成
二人にしぼられた日妻巫女
朝鮮海峡文化圏のなかの北部九州
倭国大乱
女王「卑弥呼」

太陽祭祀と邪馬台国の“宮都”―― “聖壇”石塚と二つの纒向遺跡
二つの纒向遺跡
埋もれた二つの“宮都”
纒向遺跡の消長:第一期と第二期
第一期纒向遺跡
纒向石塚は墓ではない

計算された神の遷移地―― “聖壇”石塚が秘めた謎
太陽祭祀の場の移動
笠縫部の住地と笠縫邑
“聖壇”石塚前方部が秘めた謎
  Ⅰ:拝入部を有する“円丘”から前方後円形へ
“聖壇”石塚前方部が秘めた謎
  Ⅱ:太陽神宮殿外祭祀の場と笠縫邑
天照大神と大物主神の結婚
計算された神の遷移地

造り変えられた箸墓古墳―― 二つの“入”勢力と邪馬台国の終焉
纒向遺跡の“入”勢力
  Ⅰ:最初の“入”勢力
纒向遺跡の“入”勢力
  Ⅱ:第二の“入”勢力
箸墓古墳 Ⅰ:“円丘”から“前方後円形”へ(立地から)
箸墓古墳 Ⅱ:“円丘”から“前方後円形”へ(墳丘構造から)
箸墓古墳 Ⅲ:“円丘”から“前方後円形”へ(検出された遺物から)
箸墓古墳 Ⅳ:“円丘”から“前方後円形”へ(前方部北端調査)

“宮都”造営 Ⅰ―― 中国の王都と尺度
中国王朝の都市計画と纒向の方画性
纒向に使用された尺度と測量技術

“宮都”造営 Ⅱ―― 山立てと後漢尺で設計された方画都市の出現
第一期纒向遺跡の山立てと地割
初瀬山と巻向山
後漢尺による方画地割と“円丘”石塚

復原・箸墓古墳―― 邪馬台国終焉のモニュメントに秘められた計画
過去の調査と想定地割線の重なり
第一期纒向遺跡の全容と変遷
箸墓築造位置の計画性
被葬者は『魏志』倭人伝の卑弥呼
築造時の墳形は“円丘”

“大王”が造ったヤマトの都―― 台頭する狗奴国と第二期纒向遺跡の造営
司祭者・臺與の運命
第二期纒向遺跡の範囲と箸墓
宮殿造営
中国・江南方面とのつながり

最初の“大王”と初期大和政権―― 狗奴国男王“御間城入彦五十瓊殖”の登場
最初の“大王”――稲荷山鉄剣をめぐって
御間城入彦五十瓊殖(崇神天皇)
「ヤマト」とは何を指したか

あとがき
注釈および出典・参考文献一覧
掲載図版類の出典・参考資料一覧


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