2009.07.09

小説木幡記:2009/07/09(木)ソニック・イエローと瞑想

 昨日は水曜日だった。
 一時間目には、メディアとしての図書館史を講義した。授業の中でも好みの科目なので、そろそろ半期終わりに近づくと「無事終わりそうだな」と一安心する。
 部屋に戻ると、すでに、締切には遠い、事前の課題草稿が届いていた。しっかりしていたので安心した。返事をすぐに出しておいた。

 上階の資料室にいくと、秘書さんが「お荷物、届いていました」と知らせてくれた。
 部屋に戻り開封した。

 KATO社製のNゲージモデル、JR九州の特急、883系ソニック・黄色、五両編成だった。
 空腹だったので、ソニック・イエローをそのまま机上において、極早朝に買っておいた冷麺を、まず食した。

 旅行する習慣がないので、実車は見たことも乗ったこともないが、見ているだけで吸い込まれそうな、この世のものとは思えない斬新なデザインだった。幾つかの受賞をしたらしい。

 邪馬台国周遊図書館ジオラマにのせて、スイッチを入れた。何度か周遊させてモータを慣らし、やがて最高速度にした。
 そして、気がついた。
 ソニックは何のためらいもなく、急カーブをこともなく通過した。
 本当は、必ず脱線するはずなのに、そのままなんの苦労もなくカーブを通り過ぎていった。
 急カーブでの車体の姿が、いつもと違って見えた。
 !!
 思い出した、振り子機能内蔵のNゲージ。
 あわてて説明書を開いて読んだ。
 「 車体を傾斜し実車に迫る迫力感あふれる曲線通過シーンをリアルに再現する“振り子機構”を採用」
 これだったのだ。
 現代のモデルは、実車の機構を小さなNゲージ車両に組み込むほどに、精密なのだ。

 時計を見ると12時半前になっていた。肩に力をいれて振り子機能のソニック・イエローをながめていたからか、急に眠気を催したのでソファに横になった。

 遠くで電話が鳴っていた。
 自分の部屋の電話だった。
 「先生、会議が始まりました」と、秘書さんの声だった。30分間、知らぬ間に眠ったようだ。寝たりなかった。この一ヶ月のことが、わずか30分の熟睡で取れるはずがなかった。

 それから、夕方6時過ぎまで、延々と三つの会議があった。休憩時間は10分ほどだった。
 再び部屋に戻ると、目も肩も腫れていた。
 ソニック・イエローを再び走らせた。えも言えぬ走り姿だった。すぐに瞑想に入り込み、やがて腫れが融けていった。

 殆ど入手不可能だった883系ソニック・イエローをなんとか手にしたのは、偶然にすぎなかった。模型としても名機だけあって、春先以来のきなみ「入手不可」「在庫ゼロ」だった。梅雨も終わりの頃に、なんとか祈るような気持で在庫問い合わせをし、「有り」が返ってきたのは執念のたまものなのだろう。

 途中のネット記事で、この秋にはブルーメタリックの7両編成がリニューアルされるとも気付いたが、余はこの「イエロー」が必要だったのだ。

 さて。
 883系のデザインは、ドーンデザイン研究所(水戸岡 鋭治)と知ったのは最近のことだった。昨年図書館の司書さんから薦められた一冊の図書が始まりだった。その時は、そのデザイン本の中身が実は実車としてJR九州で走っているとは知らなかった。狭い車両にみたことも経験したこともない別の異空間が演出されていた。外も中も空想的に見えるほど、目新しかった。
 余はそこに、未来の図書館列車の原型を見た。

 それがJR九州の特急として存在していると分かったのは、このKATO製Nゲージ:883系ソニック・イエローの写真をネットで見かけたからである。どうやら、余はモデルから実世界を眺めるようになっていたのだ。 

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2009.07.07

目次:高台の図書館(ジオラマ|レール・レイアウト)

1.高台の図書館:鉄道図書館(1)基盤
2.高台の図書館:鉄道図書館(2)試験走行→DD51+ED790(Nゲージ)
2.1 参考:国鉄時代のレールバス:キハ02形レールバス(TOMIX)
3.高台の図書館:鉄道図書館(3)ジオラマの石膏固め
4.高台の図書館:鉄道図書館(4)下塗り(アクリル・クリア)
5.高台の図書館:鉄道図書館(5)塗装と色粉(パウダー)
6.高台の図書館:鉄道図書館(6)前方後円墳・周濠(池)に水を張る
7.高台の図書館:鉄道図書館(7)レールレイアウト仮設と試運転
8.高台の図書館:鉄道図書館(8)第一期完成

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小説木幡記:2009/07/07(火)四方山話:Jたちの異世界

 最近、ご隠居さんが葛野に来てくれた。
 なんの用かはたずねもしなかったが、それは後で分かった(taurus)。小一時間にも満たないわずかな間に、余はそばにいるJたちの異世界ぶりをまざまざと知らされた。人間、いくつになっても未知の世界はあるものだ。

 そうそう、みやげに「麦代餅(むぎてもち)」とかいう京都の伝統和菓子をいただいた。三つあったので、それぞれで二つ。生ものなので、屯所の連中に下賜せんと思って廊下に出たら、電灯が消えていた。三人もいたから、一つをどうやって分けるのか、分数を知らない世界もあるから、心配したが杞憂じゃった。
 ご隠居が帰ったあとで、残りをまたいただいた(笑)。

1.結婚よりも結婚式がしたかった
 男達の中で、和風の紋付き・はおり袴か、あるいは燕尾服(古語じゃね)となにかしらヨーロッパ調の衣裳をきて、「結婚式」に出たいと思っている者がおるのだろうか? 居るとしても、数パーセントと思う。花嫁にあわせてお色直しに付き合うのが、たまらないほどしたかった、と思う男がいたら、余はいささか目点。まず、余の知り合いで、そんな男はいなかった。

 ところが。
 ところがである。相当に知的で世間流行にむざむざと乗る様には見えない倶楽部秀才、某御隠居の中には、好みの男性と結婚するのは二の次、三の次、……。実は「結婚式」をあげたかった、華麗な花嫁姿をしてみたかった、という方がいるという噂を耳にして、「うっそー!」と、余は悲鳴を上げた。

 そうなのだ。
 やはり男とJとは違った感性でこの世を生きておる。この違いは異文化どころのさわぎじゃない。まず、別世界だねぇ。そういえば。だからこそブライダル産業はかくも華々しくJ達の心をとらえ、にぎわっておるのじゃろう。

 あっ!
 また別件を思い出した。世の中の奥さん達の中には、ひそかに、「喪服を着て、未亡人姿を若い内にしたかった」、という願望があるともどこかで聞いた。
 これもねぇ。男達の中で、喪服着て、喪主になりたいと願望を持つ者はおらぬ蛇老。いるのかなぁ~。

2.腐Jの研究
 じつは。腐Jとか腐男子とかの用語の定義がよくわからなかった。
 餅を食べながら、

 余 「その、腐Jとかちゅうのは、どういう連中なんじゃ?」
 御隠居「ええ、それは、まあ、……」と、もじもじ。
 余 「恥ずかしがらずともよい。余も知っておきたい、言うてみい!」
 御 「先生の年代ならオタクと言えばわかりますよね?」
 余 「うむ。なんとなく、くら~い連中のことだね。暗いのは陰影があって好ましいが、不気味なのは困るなぁ」
 御 「オタクに近いわけですが、腐Jは単に暗いわけじゃないです」
 余 「だから、真っ昼間みたいに明るいのは、興味がわかないよ。腐Jの定義を聞かせてくれ」
 御 「定義と言われると、頭がまわりませんが、実例には事欠きませんよ」
 余 「ほぉ。サンプルがあるのか?」
 御 「ええ、……」
 余 「何をためらっておる。言うてみいや」
 御 「実は~、今は存じませぬが、この名ある葛野図書倶楽部2001のそうそうたるメンバーの、約30%は強度の腐Jですね。そのうちの数パーセントは真性です」
 余 「ぎょえ。し、しかしなあ、腐Jって最近の用語じゃないのか?」
 御 「世間が遅れていただけで、そもそも、この倶楽部は腐Jがコアになっておりますねぇ、歴代」
 余 「う~っつ。も、もしかしたらその3割に、君も含まれておるのか?」
 御 「ええ、世間一般の話としては、私めもかすっていますね。でも真性腐Jとまでは、……」
 余 「その3割の中の、さらに中核と言える御隠居とは、一体誰なんじゃ」
 御 「ナイショですよ、先生。私めの口から漏れたとなると、お付き合いを破棄されますからね」
 余 「おおよ。言わない言わない。聞かせてくれぇ」
 御 「ほら、同期のあの子とか、先輩の~、あるいは後輩のあの子とか、最近では、……。まさしく真性ですね」
 余 「う~む。う~む。そうだったのかぁ。しかし、30%も居たとはしらんかった。そうか、あの者らが現代腐Jの代表格やったのか。ああ、知らなんだ。気付かなかった。怖いねぇ~君ぃ」
 御 「そりゃ、気付かれないようしている子が殆どですから。世間には、腐Jを極端に嫌う人も大勢おりますし。魔女狩りにあいそうなことも、あるわけですよ」
 余 「うん?」
 御 「腐Jたることを隠すのが、最低限のマナー、慎みですよ。生きる道。就活とか婚渇ではタブーですね」
 余 「おお、連中苦労しておるんやなぁ」
 御 「……」と、下を向く。「だから倶楽部に居着くのです。御隠居になっても、ここの空気を時々吸わないと窒息しそうになります」
 余 「そうか。そういえば、今年はその兆候が見えぬが、昨年などは、その事例にあわせると、60%がそうだったなぁ」 
 御 「そうでしょうね。葛野blogやTruthを読んでいると、そういう雰囲気でしたよ。年次で濃淡もありますし」
 余 「わかるのか?」
 御 「ええ。血は血を呼ぶものです。もちろん隠しおおせた年次もありますし」
 余 「そうか。心しよう。しかし、顧問の余は極端な偏向偏執もないから、倶楽部も安泰じゃ」
 御 「ほほほ」
 余 「なぜ笑う」
 御 「腐男も腐Jも、人と話すときは、大抵、そうおっしゃるものです」
 余 「なんだとぉ?」
 御 「この倶楽部はもともと、そういう先生と一緒にあれこれやってきたのですから、それこそ血は血を呼ぶのたとえそのもの。先生、逃げられませんよぉ」

 そんな葛野劇場の一幕があった。
 しかしながら余はいまだに、腐Jのことが良く分からぬ。少なく見積もっても、御隠居達の半数はなんらかの感染をしておるようじゃが、それが現代Jの確率的属性なのか、倶楽部の属性なのかは、まだ分析がたりぬ。また、暇になったら、考えてみよう。ともあれ、今期はこれまでになくまともな倶楽部じゃ。安心aries

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2009.07.05

NHK天地人(27)兄・兼続と弟・実頼

承前:NHK天地人(26)景勝の遺言

与六(兼続)と与七(実頼)
 もともと兄は樋口与六で、弟は樋口与七でした。お父さんは「樋口惣右衛門」。兄と弟の年齢差はみたところ二、三歳でしょうか。
 ところが青年期になって、二人とも入り婿して、兄は直江兼続(妻夫木聡)として若き家老になります。弟は小国実頼と名乗り、今夜は小国あらため大国実頼(小泉孝太郎)となりました。

 兄弟で上杉景勝(北村一輝)に仕えてこれまで過ごしてきましたが、兄・兼続の圧倒的な名声、実力、上杉家への貢献にくらべると、その影にいた弟・実頼は表だった武勲・貢献が目立たないわけです。

 想像するに、実頼ひとりなら、幼少期から兄の姿を見ていますから、「兄がえらいのはあたりまえ」「兄に頼んで上杉景勝の直臣になれた」「兄のおかげで、いろいろな仕事をさせてもらえる」と、感謝の念が深いと思います。次男坊の気楽さも、味わっていたはずです。
 しかし別の家の名代を嗣ぎ奥さんを持つと、その両親とか、奥さんとか、家臣への、なにかと難しい心の動きがでてくるわけです。これも仕方ないです。兄に対しては次男坊烏の気楽さがあっても、婿入りした家に対しては、当主の立場ですから、気楽に過ごすことが出来なくなります。

 さて。そこで今夜は、兄弟喧嘩。実頼は兄の考えや深謀、物事のとらえ方、生き方をはっきりと鮮明に、鋭く見ることになるわけです。

見どころ
 秀吉が景勝名代の小国実頼を聚楽第でたらしこむのが上手でした。秀吉の人たらしの上手さは、あまり嘘をつかない、相手の気持ちをよく理解し、そこをずかずかと踏み込み褒めちぎるところにあると思いました。

 なんだかんだと言っても官位を授かるのは大名にとってはものすごい栄誉です。その秀吉の官位は、このときは太閤さんになる少し前ですから、従一位関白太政大臣だったのでしょう。だから天皇に代わってというか、名代として出したのでしょうね。殿下と尊称を受けていましたから、相当な高位です。

 従五位下とはいえ、官位を上杉家の家臣でありながら授かったのですから、実頼が変になるのは当たり前です。一種の官打に近いですね。この場合は、実頼をほめあげて打つのではなくて、上杉家の分裂を計っていると感じました。

 その時の口説き文句が、二番手としての心の鬱ボツを、自身が信長麾下にあったとき、どうしても明智光秀を超えられなかったという思いにたくして、兄・兼続の偉大さに隠れる実頼の苦渋を察した口ぶりでたらしこむわけです。それは、嘘ではないわけです。そして官位も嘘ではないわけです。だから秀吉は、人の心を自由に操作した優れた政治家だったといえるわけです。

 もちろん、それに対して、兼続は怒ります。
 救われるのは、再び景勝、兼続、実頼が上京した際、実頼が兄からの自立を兼続に頼み込むところですね。

今夜のおもしろさ
 45分間。分かりやすく、それぞれの心のひだの陰影を味わえました。
 淀君は、なにかしら華やかでした。
 小国実頼の奥さんのキツサには、みていてわらけてきました。あんな風に責められると、私なら夜逃げしますねぇ~あはは。
 源氏の名家・小国とか、その後の大国家のことはまだ私も調査不足です。

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高台の図書館:鉄道図書館(8)第一期完成

承前:高台の図書館:鉄道図書館(7)レールレイアウト仮設と試運転

 先回(7)でレールを敷いて試験走行をためして、うまく行きましたから、その後でレールを発泡スチロール用のクリアボンドで固定しました。道床に添わせて両側にボンドをたらし込んでいくわけです。
 今回はレールの最終調整をした後、残る隙間に紙粘土を埋め込み形を整え、砂をレールに敷いたり、色粉を地面にまいたりして、地面らしき物を整形してみました。工作の詳細は、各縮小写真をクリックしてください。

 今回を第一期工事の最終としましたので、初回(1)を探してみると、2008年7月30日が始まりでした。こんな小さなジオラマ(30X60cm)でも一年かかってしまったわけです。最初の方の石膏荒削り・砂漠の遺跡のような風情が懐かしいです。

 本来なら二、三週間で完成する規模ですが、不慣れなことと、他にも種々のジオラマを手がけてきたので、一年間もかかったのだと思います。

 出来映えはと聞かれると、最初の最初に造った別のジオラマ(60X90cm:嵯峨野鉄道図書館)の方が良いと感じていますが、この「高台の図書館」は小さい中に前方後円墳などを織り込みましたので、第二期工事とか、他のジオラマに発想は継承されていく予感もして、これでよいと決心し、公開するにいたりました。

DE10(樽見鉄道TDE10黄色)とソドー島郵便車(機関車トーマス世界)
  TOMIXのNゲージ車両
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↓ (1)残った調整:地面の整形

 大体の造形はすでに~「高台の図書館・鉄道図書館(7)」で終わっているわけです。それが2009年1月のことでしたから、最後の調整にはいるまで半年も怠けていたことになります。

 ここでは工作の詳細は省きますが、建物の隙間などに紙粘土を詰めて整形しました。レールの周りにはボンドと砂を混ぜたものをスプーンで撒きました。さらに以前の色に追加して、ボンド液に色粉を混ぜて地面にまきました。

 この方法はまことに粗っぽい手法で、以前私が開発したものです(笑)。しかし手間暇を惜しむと、それだけの結果しかもたらさず、悲惨とはもうしませんが、現実のレール風景とも地面風景ともまったく違った、独自な世界が残りました。独自さは良いのですが、ボンド水溶液は白濁していますので、作業中は結果が読めないのです。翌日乾いた姿をみて、愕然とします。総じて、まだら模様となっておりました。

 しかし当面、この方法を使い込む予定です。こうなると、意地と言うのでしょうね。ですが、心の自由度は充分に残ります。

No.08-01 レール貼付けと砂・粉ねりあわせ
No.08-02 紙粘土で建物を固定
No.08-03 高台の農家も紙粘土で整形
No.08-04 砂利(砂)のボンドあえ
No.08-05 レールに砂利撒き
No.08-06 レールに砂利撒きの終わった全景

高台の図書館:纒向号とED79-100
    TOMIXのNゲージ車両を改造(MuBlog記事
Bimg_5087


↓ (2)このあたりで手を打った第一期工事

 白濁したボンド水溶液は乾くと透明になって下地や色が浮かんできます。全体の雰囲気は以前から頭にあったイメージとは大いに異なります。大抵は、頭の中ではもっとすっきりした、綺麗な印象なのです。しかるに現実はこれこのとおり。ここで主観と客観のずれを味わうわけです。ただし、全体構造は、前方後円墳の形状以外は、実はイメージのままだったのです。私は、このような景色のよい、前方後円墳と周濠を見渡せる高台の図書館を造りたかったのです。モデルはその意図とおりとなりました。もちろん、まだら模様ですが。

 節を曲げた設計変更は一点あります。
 当初、このジオラマは全方位から観察できる作品に仕上げる予定だったのです。どこから見てもそれなりの情景が浮かんでくる物を目指しておりました。しかし、実際には正面と左右面だけで意図を達成し、裏面は諦めました。たとえば農家は、裏面に正面があったのです。プラットホームの向きは、周濠の真上に位置する予定だったのです。

 立体物だからこそ、どこから見ても様になるものがあってよいと考えてきましたが、どうしても「裏」を使わないと、全体がおかしくなってしまったのです。逆に、この「裏」を使うことこそ、裏技の極意と達観した次第です。

No.08-07 乾いた後の大階段とレール
No.08-08 それなりの高台駅と農家
No.08-09 正面:高台の駅と農家
No.08-10 隠し支線の情景
No.08-11 裏の情景
No.08-12 駅裏の情景

高台の図書館に停車する愛宕号(二階建てトロッコ鉄道図書館列車の初号)
  あたご1号:KATO製、あたご2号:TOMIX製(MuBlog記事
Bimg_5115


↓ (3)高台の図書館と、様々な図書館列車

 さて、以下はこれまでもお見せしてきた様々な情景を、再度あたらしい色遣いの中で御覧に入れます。以前の写真との違いは殆ど分からないと思いますが、着実に変化はあるのです。

 写真の図書館列車は20m級の二両連結(牽引車と合わせると3両編成)ですが、この半径14cmを常用したミニジオラマでも、それらは比較的高速に安定して上り下りします。さすがに、試験走行でも縷々述べましたが、牽引車は制限が強いです。急坂ですから充分な登坂力を持ってしかも急カーブを曲がれる牽引車となると、機関車は限られてきます。

 また、地面の色が砂漠風ですから、車両はできるだけ派手な原色が似合うとも思いました。巻頭にあげたTOMIXの樽見鉄道TDE10黄色と、きかんしゃトーマスの赤い郵便列車は、存在感があります。後者を図書館列車に改造すれば、ぴったりの車両編成となることでしょう。

No.08-13 三層のレール敷設
No.08-14 高台の農家の裏姿
No.08-15 横からの俯瞰写真:前方後円墳周濠
No.08-16 横からの俯瞰写真:大階段
No.08-17 高台の図書館と「会議研究列車」
No.08-18 高台の図書館と「愛宕号」
No.08-19 支線に隠れたDE10(樽見鉄道TDE10黄色)
No.08-20 「高台の図書館」を見上げる
No.08-21 大階段の新趣向


↓ (4)第二期工事に向けての課題

*ジオラマ(レイアウト)細部
 大階段だけでも、初期のイメージ、明日香・酒船石(北方)遺跡の大階段を再現したいです。それには、薄いグレーを塗ればなんとかなると思うのですが、これまで二度、三度と調整する度に初期の石膏仕立てがますます悪化して、苦い想い出があるのです。いつか、なんとかすることでしょう。

 レールの敷き砂利も丁寧にすれば見栄えがよくなります。TOMIXレールの道床部分にも砂を均一にまいて仕上げた事例を知っていますから、手を入れる余地はあります。

 自慢の前方後円墳は、これは「邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ」で本格的な箸墓を造営しますから、それまでの小手調べということです。現状では、これを前方後円墳と看破するひとは、十人に二人ほどでしょう(笑aries)。

 周濠の水模様は、始めて熱溶解性の樹脂を使って泡だった苦い経験から、次回に試みるときはもう少し上手にするつもりです。このジオラマでは現状維持とします。

 高台の図書館そのものについては、記号としての図書館で、この建物(TOMIXのペンション)で行くつもりです。しかし電灯をセットしたり、柵を作る余地は残っています。柵がないと人が周濠にずりおちそうな雰囲気です。

 樹木がまるでありません。友人達の感想では木々があった方がよいとのことでしたので、考えてみます。そういえば、酒船石の周りにも木々が茂っておりました。

*似合った図書館列車
 以前の第7回ではさかんに「モンスター電気機関車EH500」を走らせていましたが、落ち着いて考えてみると、このジオラマにはもう少しお似合いの図書館列車を作る必要があります。

 写真でも少し紹介しましたが、牽引車はDE10(樽見鉄道TDE10)タイプの大きさがよいと思っています。実車諸元を見ていると全長が14mで重量65トン、馬力は1250~1350馬力あるようです。これで、現実の京都市「嵯峨野トロッコ観光列車」は、5両を編成していましたから、充分な力もあります。この実車をリチウムイオン電池車に改造したものを想定しています。

 図書館列車は機関車トーマスの郵便車が、大きさといい、雰囲気といい、ぴったりだと思いました。これを二両連結して書庫と閲覧室を設けるか、あるいは車掌車を付けて司書室にすれば、雰囲気的に溶け込むと考えています。

*生涯学習館としての「高台の図書館」
 これは特に地域の人達、老若男女が収入や立場や年令にかかわらず、図書(館)の世界や景観をいつでも楽しめるように考えてみたものです。
 景色の良い高台に図書館を置くのは良いことですが、アクセスに困ります。自動車がなくても、バスがなくても、安定したレールがあれば、いつでも図書館に通えます。しかも、列車の中でも読書ができます。そういう未来の生涯学習館・高台の図書館を目指しているのです。

高台(7)←続く→高台(目次)

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2009.07.04

小説木幡記:2009/07/04(土)鉄道図書館列車・ジオラマの後始末

 今日は7時過ぎに葛野着、じっくり珈琲。
 そのあとたまりにたまった授業関係仕事を、息詰めて午後までやった。
 昨日までは委員会仕事が複雑で、日常の準備が出来なかったが、約一週間の息抜き時期にやっと入った。

 午後しばらくして、たまりにたまった教材研究「鉄道図書館ジオラマ」の後始末をいくつか手がけた。

1.高台の図書館
 3月の年度末には完成間際だったが、どうにも「地面」の色合いがうまくいかず、手をこまねいていた。午後になって、諦めて、砂をまいて明るい色をまぶして、第一期完成とした。
 たったの、小一時間ですむ仕事をなぜ数ヶ月もおいておいたのか。~それが、人間というものやろうのう。
 これは後日に、記事を公開予定。

2.嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(レイアウトとも、世間では言うらしい(笑))
 本日から第二期に入った。8月にオープンキャンパスで展覧するので、少しは調整しておかないと、と思ってこれも小一時間。昨年夏以来、見た目にはあまり変化がない。

*自動往復運転を、ワイヤー埋め込みを含めてジオラマにセットした。これは、モード1の単純往復なのだが、……。実は、外周と内周とをダブルスリップポイントで結び、それぞれの終端を延長し駅図書館を設定しておるから、実に奇妙な動きを見せてくれる。慣れた人でないと、その自動往復運転のパターンを理解するのに、約10分はかかる(笑)。

*学生たちから「カビのはえたような川」と言われた保津峡を少し修正。青と緑と黒と白とを混ぜずにぺたぺたと川面にぬりたくり、乾くいとまもなく、常温流し込みタイプの水表現どろり液体を上から注いだ。
 月曜になって、保津峡がどないなことになっておるのか、お楽しみ。(乾燥しないと分からない)

*半径14㎝のミニカーブレールでS字パターンを造っていたが(やむにやまれぬ仕様。そうしないとレールの終わりを接続できなかったから)、それをあっさり壊して、半径24cmの単純カーブレールに変えた。試験走行では安定感がまして、DD51なども上手に走るようになった。
 しかし、レールを引きはがしたあとが醜くくなったので、紙粘土で補修して、翠と黒とをぺたぺた塗って、砂をまぶしてボンド液をかけた。

3.山裾の図書館
 屯所の天井にかたづけていたのを、夕方におろしてきて、携帯用動力源を用いて、走行を確かめたみた。充電タイプの電池を8本も使うので、AC100V電源と変わりはないが、なんとなく弱々しい走りじゃった。

 なかなか、少し時間があっても、つまりは積み残したことを整理整頓補修するだけに終わり、人生とはこういうものかと、ため息ついた。
 また来週からはキツイキツイ会議日がはじまるのう。

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2009.07.02

小説木幡記:2009/07/02(木)早朝の備忘録:俳諧と列車群

1.俳諧と俳諧
 保田與重郎『芭蕉』を読み終えて半月以上一ヶ月ほど経った。その間、テキストを並行して触っているがなかなか進まない。事情は、過酷校務で心身が怒りと疲労とで参っておるからだ。などと、~柄にもない。

 考えあぐねているのも事実だ。
 無視する方向で行こうとも、なかば思っておる。
 つまりは、こうだ。
 テキスト中に「俳諧」という用語が頻出する。同一文に複数回出現することもある。以前は、特に20代に読んだ頃はまったく気がつかなかったし、そのご数度読んだときも覚えていない。今回、気になってきた。

 俳諧には、おもろい、滑稽、洒落の意味がある。そして同時に、芭蕉などの造った短詩そのものも指す。もともと俳諧・連歌という諧謔味あふれる短詩として生まれたのだから、滑稽さがあって当然。その俳諧を残したまま、如何にして芭蕉が蕉風・正風ともいえる俳諧を確立したのかという、歴史的認識を論じた文章なのだから、俳諧が俳諧となる不思議な文が成立する。

 これは、自然言語処理をするには手に余るのう。余の場合はその処理の入り口で、手技が主になる分析手法だからまだ楽だ。とは言っても、難しい。これは言葉の多義性と呼ぶのか。あるいは曖昧なのか、はたまた余情なのか。一口では言い切れない。

 文章は、読む年令、受容度、心性傾向によって解釈が異なってくる。それを文章の骨組み段階で解析するのが余のとった方法論である。しかるに、文章の基底で俳諧が俳諧となる用例に直面すると、顔色が変わる。今年の夏は少し気楽と思っておったが、これでは近来にない「重い夏期論文」になりそうだ。

 一難去ってまた一難。ふぅ~。

2.気鬱と疲労と、余の「一人怒り」
 葛野では前期2科目の演習が終盤にさしかかり、受講生達がなんとはなしに気鬱あるいは殺気だっておる。助勤たちも、顔色にはださないが、いろいろあろう(笑)。初夏の助勤会は日程調整をすませたが、そんな「ご慰労」で終わりとは思っていないtaurus。まだ、オープンキャンパスや、お楽しみとは言いながら幹事には気苦労の多い長浜研修旅行、納涼会と行事がある。

 そして、肝心の余は。
 日々研究室で一人怒りちらしておる。「一人怒り」と名付けておる。なぜ一人で怒り狂うかというと、やはり加齢なのじゃろう。怒りを世間や他人や自分に向けないようにする作法を、少しは心得てきた数十年の流れがある。部屋の空気に向かって怒気を発する。まさしく、怒髪冠を刺し、天井を突き抜けて上階の研究者を刺し貫くほどの一人怒りである。うむうむ。

3.島図書館の3重自動往復運転
 さて。
 木幡に帰ると真っ先に島図書館を眺める。島図書館全景構造も、機能としての3重自動往復運転も今や完璧な状態である。しかるにモデル(ジオラマ)としては何ヶ月も発泡スチロールが粉を吹いた状態で、海も山も鍾乳洞もただの発泡スチロールに過ぎない。

 3重自動往復運転とは、例のTOMIXのユニットをつかったもので、モード番号は5番。一口で言うと、三本フォークのそれぞれの足に図書館列車がおって、柄の先端まで走りまた逆送して元の足に戻る。一見単純じゃが、これを3層構造を持つ島図書館全景にレールをぐるぐる巻き(ループ)しておるから、とても複雑な情景になる。それぞれに図書館駅や本館がある。

 さて列車走行動画や写真や、自動運転のウンチクは止しておこう。今夜は、どんな列車編成が60x66センチの小さなモデル(ジオラマ)を走っておるか、メモしておく。
 以下Nゲージで、断りがないかぎりTOMIX製車両。
 またディーゼル、電気と混在しているが、想念上ではすべてリチウムイオン電池による電池機関車。

3.1 最短の経路:本州連絡用
 DD51ディーゼル機関車と「おおぼけトロッコ号(マイクロエース社)」の<キクハ32-501>。

3.2 中距離:(山腹の)駅図書館行き
 DD51ディーゼル機関車(☆印のある、JR北海道色)と「瀬戸大橋トロッコ号(マイクロエース社)」の<キクハ32-502>

3.3 長距離:(山頂の)島中央図書館行き
 DH500電気機関車と「371系特急あさぎり(マイクロエース社)」の先頭車両「クモハ371-101」

3.4 予備編成
 ED79-0電気機関車と、カシオペア車両+サロ124+カシオペア車両(展望車)
 国鉄キハ02形レールバス二両連結

3.5 解説
 キクハ32形のトロッコ列車を2台も投入しているのは、遊覧目的の為である。誰も彼もが移動形・図書館列車で読書や研究をするとは思えない。鍾乳洞や瀬戸内海を身体全体で味わってもらうためにトロッコ客車を複数用意した。
 機関車DD51が公称2000馬力、EH500は3000馬力前後なのに編成が客車1両なのは、試験走行とそして想像以上の急坂急曲なので、安全性を考慮した。
 レールバスは、先頃HOタイプの南部縦貫鉄道キハ10形も入手した。小型であること、ローカル色が色濃い車両は、余の鉄道図書館列車によく似合う。

 線路幅が9mmのNゲージと、16.5mmのHOゲージの棲み分けについてはようやく気持が定まってきた。前者は景観全体モデル(ジオラマ)を表現するに適し、後者は図書館列車の細部を表現するに適しておる。ただしHOスケールは日本では1/80縮尺だが、最近は16.5mmのレールを走るOn30(1/45縮尺)タイプを何かと集め造りだした。圧倒的に大きなものなので、扱いやすく、しかも廉価なものが多い。

 宇治川「おとぎ電車」については文献も読み、いろいろ想を練りだした。宇治には図書館、歴史資料館、植物園、源氏物語ミュージアム、歴史的発電所遺構、宇治天皇陵墓などがあって、これらを周遊するモデルを作っておきたい。ただし葛野研の<邪馬台国周遊図書館列車ジオラマ>も休眠中なので、時間を調整する必要がある。

 さても島図書館、機は熟しているのに一向にプラスタークロス(石膏状布)で形を整えず、アクリル絵の具で色つけもせず、樹脂で海を造らず、樹木もパウダーもまかないのは、~。つまり、絶対的時間不足と、木幡に帰還すると眠るだけの日々蛇から。これも一過性。やがて、島図書館は仕上げにはいるじゃろう。

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2009.07.01

小説木幡記:2009/07/01(水)七月夏だな

七月だな
 しらぬまに、夏~はぁ~来ぬ。小学校唱歌が頭を過ぎったが、うまく思い出せぬ。
 田舎の小学校、京都市立嵯峨小学校、そこに6年間もいた。ひとつひとつが得難い体験。それ以外の人生はなかったのだから、この一筋をおもいだしては、走り来た軌跡を味わう。

 小学校の先生は大切だと思う。一番に何を求めるかと考えてみた。人徳だろうな。
 余はそのころ先生に対して、知識はそれほど求めなかった。「模型とラジオ」とか「子供の科学」を読みふけり、「少年」のファンだった余は、科学苦手の女性教諭からはいつも目を丸くされていた。男性教諭も、余の「鉄腕アトムの機能性能評価」には、驚いてくれていた。さらに、ビーカーや試験管、三角フラスコの洗浄と乾燥、あるいはアルコールランプで細いガラス管を曲げる技術は、科学系の先生よりも上手だった(笑)。
 
 先生達が、余よりも手技や些末な知識に劣っていても、それは余が自宅で「毎日科学雑誌に読みふけり、毎日フラスコを振っていた」のだから仕方ないと思っておった。だから、そんなことで先生が駄目だとか役に立たないとは、一度も思ったことはなかった。

 小学校4年の担任は若い女性だった。ベッティさんと先輩達はあだ名で呼んでいたが(発音がローカルだねぇ)、理由は分からなかった。中学校になってから、ジャック&ベティの、目がくりくりしたベティさんに似ていたことを思い出して理解した。
 なにかしら温かい先生だった。4年生くらいから小学校がものすごく面白かった。実験や社会見学で、ベッティさんが余を誉めてくれたのが、嬉しかったのだろう。

 5年と6年生の時の担任は、亀岡に住んでいた男性教諭だった。一番記憶に残っている。6年かあるいは中一になってからか、亀岡の新婚家庭に大挙して招かれた。カレーライスを昼食にいただき、付近の野山を散歩に案内していただいと。そんなちょっとしたことを今でも大切に覚えている。
 授業中に白衣を着た先生が(当時の先生達は白衣を着ていたなぁ)黒板の前で話している映像が時々甦る。なんの授業かとは関係なく、1時間目から6時間目まで毎日顔を合わせていた。
 クーラーも室内プールも、なにもない学校だったが、退屈はしなかった。
 休み時間に木から落ちて怪我しても、赤チンかメンタム塗っただけで、授業には出ていた(2m位は落下したのだから、驚き)。
 
 小学校の先生は、知識そのものの分析解説よりも、知識をガイドする人がよいと思った。
 小学校の先生は、温かくても怖くても、人徳・包容力のある人がよいと思った。

 初等教育は難しいし、重要きわまりない時期の教育だと思う。これを間違うと亡国を招く。
 現代の親も先生も世間も、それを本気に考えてはいないようだな。
 それに比べて、大学生相手の教育なんてぇ。(笑)(笑)(笑)
 ともかく、数学者岡潔(おか・きよし)先生は、素晴らしい考えを残された。

 ところで。
 良い幼少期の想い出があれば、十年間、貧しくても生きる力が湧く。
 それに良い青年期の想い出があれば、さらに二十年間生き抜く力が湧く。
 余は、二つの生きる力の源泉を、大体使い果たしたようなので、あとは慣性でゆるゆると走っておる。これがまた、無音で、それなりのブレーキさえあれば、グライダーのような良き滑空を期待できる脳。
 (急坂下り坂があまりなく、平坦路が続くことを密かにねがっておるがcancer

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2009.06.28

NHK天地人(26)景勝の遺言

承前:NHK天地人(25)本日休講

 先週休んだせいか、また新しい気持で楽しめました。

1.景勝の遺言
 太閤秀吉の危ない誘いをようやく切り抜けて景勝、兼続は宿舎に戻ります。
 利休の娘お涼と兼続が庭先を通りかかると、部下達が焚き火をしています。なにかと問えば、殿(景勝)が不要になったから火にくべろと命じたとのこと。上等な文箱でした。
 兼続は察するところあって中を確認します。すると、景勝の遺書でした。景勝、兼続が帰らぬ時は兵4000とともに都を去れ、たとえ4000が4人になっても越後に戻り、悪逆非道の秀吉に義を見せて、千年の後に上杉の名を残せ、という過激な内容でした。つまり、景勝は部下の兼続が秀吉の手打ちになったときは、秀吉を討つ覚悟をしていたわけです。
 (秀吉の長刀と景勝の脇差しでは、景勝が若くても、相打ちになるでしょう)

 部下の兼続が、主君の反古にした書状を見るのはおかしいかとも思いましたが、兼続は家老であり、参謀であり、内務大臣兼外務大臣の立場ですから、よしとしました(笑)
 
2.北の政所
 秀吉は、景勝主従を帰した後、奥さんの北の政所にとっちめられます。なんで良い武士を黄金で釣ったり、刀で脅すのかと。秀吉は、奥さんには頭が上がらないようで、面白い場面でした。

3.名器
 秀吉が兼続を黄金で誘い、かなわぬとみて刀で恫喝したとき、その場面に利休親娘の会話が、挿話として断続的に入りました。なかなかによい趣向でした。兼続を天下の名器、ツボか茶碗か釜にみたてて、それを太閤が得るか割るか、……。
 秀吉と黄金と景勝・兼続主従の場所は、満天下、青空の下、まるでお白洲のような白い明るさ。対するに利休親娘の会話は暗めの座敷。この明暗がよいですね。

4.利休
 兼続が帰郷する前に、利休は彼を茶室に招きます。これも秀吉の黄金茶室(MuBlog:黄金の茶室)と明暗が効いておりました。三畳ほどの茶室で、利休自ら茶を点てます。そして、「私はやがて殺される。石田さんには気をつけなさい。」と謎のような言葉を兼続に伝えます。

 もちろん、兼続も私もその事情は良く分かりません。
 (たとえば、井上靖『本覚坊遺文』には、解がありましょうか?)
 利休が秀吉から切腹を命じられたのは事実です。何故なのか、そして石田三成がどのように関わっていたのか、将来のドラマの伏線でしょうね。

*.あっという間にすぎました
 私が歴史大河ドラマを好む質であるのは事実として、今夜は久しぶりに強く面白かったです。
 越後の春日山や海が画面に見えて、直江家の庭先が写ったときはほっとしました。
 それに、4000の兵が4人になっても越後にたどり着け、という日頃無口な景勝の(遺言の)激しさと、越後の風景とが重なって、感動が深まったのです。

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2009.06.26

小説木幡記:2009/06/26(金)空気

 今日もたっぷり闇と脳とが融け合った。そうなるには、それだけの事情があるが、くだくだしいので止めておこう。そうだな、仕事で数ヶ月かけてきた方法を棄てた。かえってすっきりしはしたが。

 それよりも、世の中の中高年諸氏の日々を思い浮かべて「大変だろうな」と想像した。おそらく毎日、ここ数週間の余のような状態、つまりはストレスに置かれて数十年。余の場合は、職種柄一度仕込みをしっかりしておけば、数年は保つから、いまだけ息をつめておれば、やがて酸素を吸える。知り合いがblogで「人の不幸はヨモギ味」とか書いておったが、その意味は判然とせぬまま、ただ雰囲気として、今の余の気持を表しているな、と思った。

 またつまり、加齢とともに自らの楽や苦もなんとなく、ひとごとに見えてきて、1セッションおわるたびに「あはは」と笑える様になってきた。若い頃は笑えないから鬱々しくなる。全部自分で引き受けてしまうから余計に辛くなる。加齢は鈍くなるのじゃなくて、「あはは」と笑えるから鈍感に見られるのじゃ老。余はそういえば昔から大抵機嫌が良かった。苛立ったり機嫌が悪いときは、体調が崩れているにすぎない。

 そろそろ眠くなってきた。
 筆を置こう。

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