小説木幡記:心が病むと言うこと
世間や同僚や学生や余自身や~を眺めていて、心が病むと言うことはどういうことなんだろうと、考えることがある。
ただ、相対化すると、何割かの人が余を眺めて「あの人は、心が病んでいるな」と、思っているのかもしれない。
いろいろな病み方があろうが、明るくて騒々しい病み人を阪急電車で二駅、数分間眺めていた。初老の男性だった。ミステリ好きか警察すきか検察好きなのか、あるいはそういう世界ですごした経験があるのか、あるいはTVドラマのミステリ物によく出演していたのか、ファンなのか、大声でやたら「捜査」とか「証拠」とか「現場」とか言い出して、誰か若い者を叱責している様子だった(全部、独り言だ)。ふ~む。
学生達の場合は。
余は一応センセ役なので、騒がしくなく静かな心の病み人に出くわすと、それなりの対応をしなければならない。気にしなくてはならない学生数が、赴任した20年前よりも増化したとするのか、あるいはその頃は余自らのことに気が向きすぎて、学生のことまで手が回らなかったのか(笑)、ともかく近頃スロット(要するに余の記憶管理域の小部屋)数が増えてきた。何かをするわけではない。気になると余は小部屋にその学生の名札を貼り、なにか発生するとそこにメモを投げ入れておく。要するに顔色を見ているわけだ。欠席数が増えてくると面談もする、……。
同僚達の場合。
余がいろいろしなくても、大抵は他の同僚達や上司達がなんとかかんとか破綻しないように持って行く。余もその破綻しない温存列車にしらぬまに乗せられているのかもしれんがのう。そういえば、おもいあたるふしもあるなぁ~ケケケ。
世間。
これは相当に狂っておると思う。以前はまともだと思っておったが、今の眼からみると相当におかしい。どうおかしいのかといちいち記していくのは、日曜評論家では出来ない。
ただ、こうはいえる。
世界を動かしているのは大体50代の男女が参謀本部で、40代の男女が実践指揮部隊で、30代が尉官クラス。そして20代が突撃隊。とするなら。
50代の男女の考えや根性やねじくれた思想や世界観で世界を動かしていることにナル。どうりで。この何年間、いやこれからも、これまで一応敬意を持って眺めていた政治や経済の中枢達の言動が、本当に馬鹿馬鹿しく思えてきた~。考えて見れば、未熟で経験不足でアホな連中が、世界や余の老後を動かしておるのだ。
と。相対的に見るならば。余も、小さな世界で、そう思われてきたのだろうなぁ、と長嘆息。おもいあたるふしもなきにしあらず。
世界は動く、万物流転、パンタレイ。合掌。
心が病んでおると言うよりも、人間存在自体が歪なのじゃろう、この虚空のただ中で。
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この正月あけに嵯峨野で鴨なんば蕎麦をいただいたあと、思い立って二尊院を訪ねてみた。もちろんそのことあるをみこしていつも重い一眼レフカメラを車中に置いておるが、それは後日にしよう。二尊院というお寺は小学生のころからなじみ深かった。嵯峨小学校からは指呼の位置だし、第一に同級生にそこの娘さんがいた。お寺のことはよく存ぜぬので、今も同級生の兄弟とか縁者がおられるかどうかはしらぬ。ただ、同級生は余が小学校5年生のころに重い腎臓病をわずらい、はかなく他界した。お葬式のときに、友人の男子が本堂で弔辞を読んでいたのがいまでも思い出される。もう半世紀以上経ってしまった。
昨年は電脳関係が豊かだった。今年も続き、余は日々快調な思いが胸に溢れる。
「先生」と「K」といえば夏目漱石の「こころ」のことだが、先週、ある若い同僚の近代文学講義を授業参観した。非常に優れた講義として、人から参観を薦められたわけだ。実は昨日も続きがあったのだが、すでに余は猛烈な、いつ終わるともわからぬ目録作品の採点に入っており、欠礼した。で、一週間前の授業内容の詳細については措く。ただ感動が実に深く、機縁あって、その先生と話をする機会が生まれた。同じキャンパスにいても学部や学科が異なると、よほどのことが無い限り、エレベータ中での立ち話程度しか生まれないものだが、幸運にも専門家の話を直にうかがうことができた。
毎朝のことだから随分時間をかけたセレモニーだなと、我ながら思う。いや、たいしたことではない。起床から外にでるまでの手順だ。
数日前、日本中のたくさんの若者(高校3年生が中心かな、50万人以上)達が一斉に同時刻、同一の試験を受けた。二日間だった。